第十二話 ファイアーズ
小秋によれば、【ショット】の場合、弾丸が薬室に送り込まれ、撃鉄が起こされた状態でハンドガンを置く、とのことだった。つまりプレイヤーは、トリガーを引くだけで、発砲ができる。
一分ほど経って、アラームが鳴った。振り返り、カーテンを開ける。
提婆は、防護壁により、覆い隠されていた。
(あの野郎の手は、【バリア】か……)
弾倉を出し入れし、操作音を立てる。間を空けるようなヘマはしなかった。
(これで、俺のアクションが、【チャージ】か【ショット】のどちらなのか、提婆に迷わせることができる)
音を出さないようにして、【バリア】にカモフラージュすることも考えた。しかし、「【チャージ】をまんまと行われて、弾丸を一発増やされたかもしれない」という恐怖を提婆に植え付けたほうが、この先、好都合だと判断した。
その後、ブザーが鳴ったので、カーテンを閉めた。
(ここで、決着をつけられなかったのは残念だ。しかし、まだ、お互い弾丸ゼロ発の、対等な状況に戻っただけ)
しかも、そのことを知っているのは、自分のみだ。提婆は、先ほどのターンの、こちらの手を知らない。
(勝負は、これからだ)
松久は、【チャージ】のカードを小秋に見せた。相変わらず、撃たれる心配がなく、また、提婆が装填している弾丸もないためだ。
(さっきの3ターン目の、「カモフラージュ戦術」が効いたらしいな……あの野郎、明らかに、どのアクションを選ぶべきか、考えあぐねている)
けっきょく、セッティングタイムが始まったのは、松久が選択を終えてから、二分ほど経ってからのことだった。
アラームが鳴ったので、カーテンを開けた。
防護壁はなく、提婆の姿が見えていた。
(ふん……【チャージ】を選んだか、運のいいやつめ……)
松久は、苦り切った表情になった。テーブルに目を落とし、オートマチックと弾丸を掴む。
その時、きらっ、と視界の上端で何かが光った。
(ん?)
何気なく、そちらを見やる。
提婆が、オートマチックを構えて、銃口をこちらに向けていた。
ジェットコースターで、乗り物が下降するときのような、強烈な気持ち悪さに襲われた。
提婆は、にやり、と笑っていた。
松久は、瞬きをする。
銃声と弾丸が、同時に飛び込んできた。
殴られた。
そう錯覚するほどの、強い衝撃が、松久の胸部を襲った。二歩、後ずさり、膝をつく。
彼は両手で、その箇所を押さえていた。持っていた弾丸は、地面に落ちていた。
指と指の隙間から、だらだらと血が溢れ出していた。一番上に重なっている左手を、おそるおそる、離してみる。
オートマチックを握った右手が、その下にあった。提婆が発砲する直前、咄嗟に、胸部をかばったのだ。
それが、功を奏したらしい。潰れた弾丸は、グリップに穴を開けてはいたが、貫通はしていなかった。マガジンの内部に、留まっている。
オートマチックをどけ、胸部を撫でた。
穴は、開いていなかった。
「……あ……あはっ……ははははははははははっ!」
九死に一生を得た、その安堵からか、怒涛のごとき多幸感に襲われた。口角は引きつり、目じりは溶け、笑い声は止めどもなく溢れ続ける。
ふと、右手首に、温かいものを感じた。視線を向ける。
人差し指が、消えていた。
赤い液体が、どばどばと、蛇口から出る水道水みたく噴いている。
松久の表情が、固まった。オートマチックが、右手から滑り落ちる。
二秒後、猛烈な痛みに襲われた。
目と口、鼻の穴を全開にした。今までの人生で、出したことのないような、叫び声を上げる。
「あああああ! あああああああああああああああああ!」
(あああああ! あああああああああああああああああ!)
思考と行動の制御が、効かなくなっている。考えたことが、考えると同時に口から出て、それが耳から入り、さらに考える羽目になっていた。
(──たい痛い痛いこんなに痛いこんなに痛いんだこんな。アドレナアドレナリンで撃たれても痛くねえとかそんなこと。よく聞いてたのに痛い痛いじゃねえかちくしょう。最初のほうは大丈夫だったのにクソ。漫画映画じゃ多少撃たれて痛い撃たれても平気そうなのに映画漫画じゃ。ア。アド。アドレナリン。クソちくしょ──)
松久は、正座したまま体を曲げ、額を地面につけた。右手と、それを押さえる左手で、血をまき散らしながら、地面を何度も殴り続けた。
(運がよかったわね)柚田小秋は、発狂したかのごとく暴れ続ける松久を眺めながら、心の中でそう呟いた。(ただ、グリップで受け止めただけじゃ、貫通していたでしょうに。人差し指が間に挟まって、犠牲になってくれたおかげで、留めきれたんだから)
しばらくして、提婆に視線を移す。彼は不機嫌そうに、松久を見下ろしていた。勝ち損ねたせいで、また、新しいセットをやる羽目になってしまったために違いなかった。だが、いくら生き残るためとはいえ、人を殺そうとした直後でも、平然としていられるその神経に、小秋は少し、感服した。
(提婆君、拳銃の使い方がやけに上手いわね……偶然でもあるんだろうけれど、胸の位置に弾丸を命中させたし、構え方もきちんとしている。ギャンブルの前の銃撃戦でも、正確に私を狙ってきていた)思わず、その時のことを回想し、不愉快さに眉を顰める。(六日前、付き添いの話をした後の練習だけじゃ、こんなに巧みにはならないわ。きっと──練習したんでしょうね、事前に)
もちろん、日本では、一般人がピストルを発砲することは犯罪だし、そもそも手に入れることすら困難だ。実際、提婆が、小秋を欺くために用意したものも、モデルガンだった。
(でも、海外なら話は別。彼は、「先週、旅行をした」っていうようなことを言っていたわ。おそらく、行き先は外国──十六歳以上なら、撃たせてくれるお店もある)
小秋が、ギャンブルの付き添いの件を提婆に話したのは、六日前。その時、すでに裏切ることを決め、その翌日から今日まで、ずっと海外にて、拳銃を扱う練習をしていたと仮定する。
そうだとしたら、付け焼き刃でも、それなりの腕前にはなれるだろう。そのうえ、彼は、運動神経が抜群、頭脳も優秀だ。何かを本気で習得しようとしたら、すぐに叶うに違いない。
(提婆君がすごい日焼けをしているのは、屋外の射撃場に、ずっといたためね)
そこまで考えたところで、松久に視線を戻す。彼はすでに、地面を殴ることをやめ、ごろん、と横たわっていた。かわりに、涙や鼻水、涎をどばどばと垂れ流していた。幼児みたいに、泣きじゃくっている。
(それにしても……青足君は、勘違いをしているようね)小秋は、ふん、と鼻で笑った。(このギャンブルで大事なことは、「いかなるタイミングで【ショット】を選ぶか」とでも思っているようだけれど……そうじゃないわ、「いかにして相手に【チャージ】を選ばせるか」よ)
さすがに、約二分も泣いたり喚いたりしていると、疲れてきた。痛みにも慣れてきて、思考を占拠されるほどではなくなっている。
青足松久は、ハンカチを出し、両手と口を使って、今はない右の人差し指の、根元を縛った。なんとか、血は止まった。そこでやっと、涙や鼻水、涎までもを、だだ流しにしていたことに気づいた。腕で顔を何回かぬぐい、深呼吸をする。
「もう、大丈夫かしら?」
右方から、そんな声が聞こえた。顔を向けると、すぐ近くに、小秋が立っていた。
「大丈夫じゃねえよ……何の用だ」
「何の用だ、じゃないわよ。あなたが、拳銃のグリップで弾丸を受け止めたせいで、穴が開いちゃって、使い物にならなくなっちゃったのよ。ほら」
小秋は、手に持った松久のオートマチックを見せた。適当なほうへ向け、トリガーを引く。しかし、何も起こらなかった。スカ、スカ、という擬態語が聞こえるかのようだ。
「まあ、今回は代わりの拳銃があるから、ギャンブルを続行できるわ。よかったわね」そう言うと彼女は、スカートのポケットに挿していたリボルバーを取り出した。「でも、これで最後よ。もし次、使用不能にしたら、失格と見なして、射殺するから」
小秋は提婆のテーブルのほうを見、「あなたもよ、提婆君!」と叫んだ。
「あと、もう一つ、言うことがあるわ」彼女は松久を、じとっ、と睨んだ。「青足君、さっき、プレイングタイムが終わったのに、カーテン閉めなかったでしょ」
「えっ」思わず、テーブルのほうを見る。「い、いや、だって……」
「……まあ、仕方ないわよねえ」小秋はわざとらしくため息をついた。「銃で撃たれたんだもの。痛みに悶えていて、カーテンどころじゃない、ってのは分かるわよ。私としても、できれば、ルール違反で粛清、ってのは、不殺主義者として避けたいし……」
「じゃ、じゃあ──」
「そうね、これからは、『弾丸が当たった場合、カーテンは自分で閉めなくてもいい』ってことにするわ」
「ホントか?! はあ、助かった……」
「それじゃあ、提婆君が【ショット】に成功したから、弾丸の数と、残りの【バリア】使用可能回数をリセットして、ギャンブルを再開するわ」小秋はそう言って、カーテンを掴んだ。
「ちょ、待ってくれ」松久も立ち上がり、カーテンを掴む。「このオートマチックは……どうすれば?」
「私はごみ収集の作業員じゃないわ。そんな鉄の塊、その辺にでも捨てときなさいよ」小秋は、強引にカーテンを閉めた。
松久は、しばらくの間、その場に佇んだ。その後、オートマチックを、ぽいっ、と見ることもなく、テーブルの下へ投げ捨てた。
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