第十一話 サウンズ

 ベルが鳴るのは、二人とも、アクションを選び終えてからである。どうも、提婆が迷っていたらしく、セッティングタイムが始まったのは、松久がカードを掲げてから、数十秒後のことだった。

(小秋は、準備をする時、まず、俺のテーブルに寄ってから、防護壁を動かす……そして、提婆のテーブルに寄った後、定位置に戻る、っていう行動をとる、とギャンブル開始前に言っていた)

 たとえ、二人とも【バリア】を選んでいなくても、防護壁を、何回か前後させる。また、どちらかが【バリア】を選んでいても、その人物のテーブルに近づく。これにより、セッティングタイム中に、小秋の音や影などで、相手のアクションが推測されることを防ぐ、とのことだった。

 しばらくして、アラームが鳴った。振り返り、カーテンを開く。

 橋の上に、防護壁が鎮座していた。提婆を、覆い隠してくれている。

(よし。これなら確かに、どうあがいても撃たれることはねえ)

【バリア】はあと、四回も使える。選ばない理由がなかった。

 しかしここで、松久は、ある問題に気づいた。

(……提婆が、何のアクションを行っているのか、分からねえ)

「寿司ジャンケン」では、お互いの選んだ手が、常に筒抜けだった。しかし、このジャンケンでは、【バリア】をすると、向こうの選んだ手が、防護壁に覆い隠されてしまう。

 また、仮にその時、提婆が【チャージ】か【ショット】を行っているとする。すると、「松久は【バリア】をしたせいで、こちらが何のアクションをしたか分からない」ということが、知られてしまう。

(予想外の事態だ……これじゃあ、俺が提婆より有利になっているのか、不利になっているのか、それとも対等なのか……判断できねえ)

 安全はタダではない、情報と引き換え、というわけか。松久は舌打ちした。

 その直後、音が聞こえた。

 カチャカチャ、という、金属同士が軽く擦れ合うような音だ。しばらくして収まり、一瞬の間をおいて、ブザーが鳴った。

(そうか……これだ!)松久はカーテンを閉めてから、ガッツポーズをした。

【チャージ】にしろ【ショット】にしろ、弾倉を出し入れしたり、発砲したりする以上、音は出る。自分が【バリア】を選んだときは、それで提婆の手を判断できる。

(銃声がすれば【ショット】、操作音だけなら【チャージ】、何も聞こえなければ【バリア】……)

 今のは、操作音のみが鳴ったから、提婆が行ったのは【チャージ】だ。松久は、その結論に達した後、軽く歯ぎしりをした。

(あの野郎……【チャージ】だと? なんて度胸だ……こっちが【ショット】だったら負けていたんだぞ……)

 結果的に、提婆にとって最善、松久にとって最悪のターンになってしまった。しかし、極端に絶望するほどではない。

(俺のオートマチックには、弾丸が一発入っている……あの野郎がいくら装填したところで、こっちが【ショット】、向こうが【チャージ】の組み合わせにさえなれば、確実に勝てる)

 提婆が【チャージ】を行う、ここぞ、というタイミングを見極めればいいのだ。

(次のターンはどうする……あの野郎は、すでに弾丸を二発も得ているんだから……今度こそ、【ショット】か? じゃあ、こっちは【バリア】で……)

 いや、その考えを見透かされ、【チャージ】を行うかもしれない。では、【ショット】にすればいいのか。

(いやいや、それも見透かされ、【バリア】を選ぶかも)

 そんな風に、思考が堂々巡りをする。いつまで経っても、一箇所に落ち着く気配がない。

(クソ……シンキングタイム終了まで、あと、どれくれえ猶予があるんだ? 五分以内に選ばねえと、射殺されちまう……いちおう、時間が来たら、ベルで知らせてくれるらしいが──早く決めねえと……)

 松久は頭を抱えた。喉から、唸り声が無意識に出る。

(…………うーん……やっぱり、【バリア】にしようか? それで、提婆がどんなアクションを選ぶか、様子を見て……ああ、それにしても、さっきは、あの野郎の手が見えなくて、最初は焦ったが……途中で「音」に気づけてよかった……)

 そこまで、心の中で呟いたところで、松久は違和感を覚えた。

(……待てよ、「途中で気づけた」?)

 そうだ。

 操作音が鳴ったのは、プレイングタイムの途中からだった。

(なんで、途中からなんだ?)

 普通、プレイングタイムが開始したらすぐさま、装填を行うのではないか? もしかしたら、何かしらのトラブルに見舞われて、予想以上に時間がかかり、タイムオーバーしてしまう、ということがあるかもしれないのに。

 なんで、途中まで何もしていなかったのか?

(……「タイムオーバー」……そう言えば……)

 確か、小秋はこう言っていた。

「プレイングタイム中に、作業を完了できなかったときのペナルティーは、装填されている弾丸の数を一発減らすこと」

 松久の脳裏に、強い衝撃が走った。もちろん、精神的なものだ。

(そうだ! 銃を撃つことによって減る弾丸の数と、ペナルティーによって減る弾丸の数は──同じだ!)

 つまり、自分が【ショット】、相手は【バリア】の組み合わせのとき、実際に発砲するのは、悪手なのだ。「こちらが行ったのは【ショット】である」と、知らしめることになるから。

 それよりも、拳銃を撃たずに、タイムオーバーによるペナルティーを受けたほうがいい。減らす弾丸の数は一緒で、なおかつ、選んだアクションを教えずに済む。

(しかし、2ターン目の場合は操作音が……いや、そんなもの、簡単に説明がつく──マガジンを、ただ出し入れすればいいんだ……)

 弾倉を抜き差しするだけで、装填をしないなら、【チャージ】行為にはあたらない。よって、ルール違反にはならない。

(あの野郎は、さっきのプレイングタイムの途中で、思いついたんだ……行ったアクションを──【ショット】を、【チャージ】にカモフラージュする、っていうことを。その後、慌ててそれを実行した……)

 やはり、2ターン目、シンキングタイムでの松久の推理は、正しかったのだ。提婆は、【チャージ】を選べなかった。

(……あの野郎のことを、「度胸がある」なんて評価していた、自分が恥ずかしい……)

 2ターン目、提婆は、音によるアクションの偽装を思いついた後も、無音で通しておくべきだった。そうすれば、まず、戦術を松久に気づかれなかっただろうし、たとえ、気づかれたとしても、【ショット】か【バリア】かで迷わせられた。

(それをしなかったのは、見送る度胸がなかったからだ──自分が【ショット】で、相手が【バリア】っていう、「カモフラージュ作戦」には絶好の機会を)

 そのため、操作音を出すまでに中途半端な間が空いてしまった。さらには、それをきっかけに、偽装がばれてしまった。もし、その「間」がなければ、おそらく、松久は気づけなかった。その後も、自分から「カモフラージュ作戦」を思いつくことはなかっただろう。

(臆病以外の何物でもねえ)

 提婆のオートマチックには、もはや弾丸は、まったく装填されていない。彼は、【チャージ】か【バリア】しか選べない。今や松久は、圧倒的に有利な状況に立った。

(次の、3ターン目、俺は撃たれる心配がねえ。行うべきは、【チャージ】か【ショット】のいずれかだが──)

【チャージ】を選んだ場合、提婆が【バリア】だと、この有利さを強化することができる。しかし、【チャージ】だと、彼にも、弾丸の装填を許してしまい、この有利さは崩壊する。

(やっぱり、【ショット】だな)松久は腕を組み、頷いた。(あの野郎が【チャージ】をすると勝てるし、【バリア】を行ったところで、お互い弾丸ゼロ発の、対等な状況に戻るだけだ。絶対に、ピンチにはならねえ)

 そう考え、【ショット】のカードを、小秋に提示した。

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