第十話 パーペンズ

(まったく……なんて、運が悪いんだ、俺は。本来なら、突っ立っているだけで、一〇〇万円が手に入ったはずなのに……)

 松久は、両手で扇状に広げて持った、三枚のカードを眺めながら、ため息をついた。彼は、中庭の、トンネルがある辺に近いほうのテーブルの後ろに立っていた。

 カードというのは、廃別荘の子供部屋に落ちていた、TCGのものだった。図柄は、戦車の砲弾を抱えた軍人、二丁拳銃を構えたガンマン、大盾を持った騎士、の三種類がある。

(それぞれ、【チャージ】、【ショット】、【バリア】を表している……どのアクションを選ぶか決まったら、対応するカードを小秋に提示する、っていう寸法だ)

 三枚のうち、【ショット】と【バリア】は、汚れてはいるものの、傷はない。しかし、【チャージ】だけは、くしゃくしゃになっていて、あちこちに白い折れ線が走っていた。

(ああ、もう──いっそのこと、こんなギャンブルなんか放棄して、逃げちまおうか)

 そんな考えが、脳裏に浮かぶ。直後、自嘲気味に笑った。

(橋の、トンネルに近いほうの袂の近くじゃ、小秋が、アサルトライフルを構えた状態で、俺と提婆を見張っている……数歩、陣地から離れた時点で、すぐに気づかれ、あっという間に穴だらけにされちまうだろう)

 陣地というのは、小秋の指示で地面に作った、正方形のことだ。テーブルのそばに、足で線を引いて書いたもので、一平方メートルくらいの広さがある。これが、自分の動き回っていいエリア、とのことだった。この外に、体の一部をつけたり、あるいは、接触していなくても、全身が出たりすると、不正行為とみなされるらしい。

(まあ、逃げられねえなら仕方ねえ……やるしか……やって、勝つしかねえだろう。覚悟は決めた)

 松久は改めて、カードを見据えた。まだ、1ターン目である。拳銃に弾丸は込められておらず、それは提婆のほうも同じ。【チャージ】を選ぶしかなかった。

(どうせなら、最初から、一発、装填された状態で始めてくれればいいのに……)

 元ネタである、寿司ジャンケンのやり方を尊重する、ということなのかもしれない。松久は【チャージ】のカードを提示した。

 直後、ジリリリリ、という、火災報知器じみた音が鳴った。小秋が、シンキングタイムの終了を告げるために、スマートホンから流した、ベルの音だ。

 松久は体を半回転させ、後ろを向いた。セッティングタイムの間、カーテンを捲ったり、上半身を陣地から出したりして、準備の様子を覗くことができないように、という命令だった。

(しかし、柚田は用意に忙しいんだから、こっそり覗いてもばれねえんじゃねえか?)

 最初に、指示を聴いた時、彼はそう思った。しかし、小秋はその点も抜かりはなかった。

 松久の正面には、廃別荘の窓がある。そのレール部分に、提婆の所有していたスマートホンが立てかけてあった。カメラは、こちらを向いていた。あれには、小秋の手により、テレビ電話のアプリが入れられている。彼女はそれを通じて、自分のスマートホンで、二人の動向を監視しているのだ。

(まったく、どこにも隙がねえ)

 小秋が、アプリのインストールに手間取っている時にでも行動を起こせば、まだ、逃げ切れる可能性があったかもしれない。松久はため息をついた。

 その時、ピピピピピ、という、甲高い電子音が鳴った。セッティングタイムが終了した、ということを知らせる、アラームだ。振り向き、カーテンを捲る。

 テーブルの上には、オートマチックと、弾丸が置いてあった。プレイングタイムは、十秒しかない。急いで、装填を終え、テーブルに戻す。

【チャージ】あるいは【ショット】の場合、それぞれの作業を終えた後に、拳銃をテーブルの上に置かなければならない。そこまでして、初めて、「アクションが完了した」と見なされる。

 ちらり、と提婆のほうを見た。彼もすでに、装填を完了しており、こちらを睨んでいた。顔立ちが整っているだけあって、なかなか迫力がある。負けじと、睨み返した。

 直後、ビイイイイ、という、ブザーが鳴った。プレイングタイムの終了を告げるものだ。カーテンを閉め、ポケットからカードを取り出す。また、シンキングタイムの始まりだ。

 今度は、お互いに一発ずつ、弾丸を装填している。攻撃のチャンス、と考えて【ショット】を選ぶべきか、相手が攻撃してくるかもしれない、と考えて【バリア】を選ぶべきか、いや、相手が防御するかもしれない、と考えて【チャージ】を選ぶべきか。

(いや、でも……【チャージ】を選ぶのは、得策じゃねえ)

 提婆が【ショット】を選ぶと負けるし、【チャージ】だと引き分けるうえ、彼も、もう一発弾丸を得てしまう。【バリア】でようやく、松久が一歩有利になる。

(ここは、【バリア】か【ショット】だな……)

 仮に、ここで【バリア】をしたとすると、提婆が【ショット】の場合、弾丸を消費させ、ゼロ発にすることができる。その次のターン、彼は、【チャージ】か【バリア】しか行えなくなる。

 いっぽう、松久は、引き続き、【チャージ】【ショット】【バリア】の三つを選ぶことができる。とても、有利な状況を築けるのだ。提婆に、アドバンテージを得られてしまうのは、【チャージ】を行われたときだけである。しかし、先ほどの松久の思考と同じで、そう簡単にできるとは思えない。

(じゃあ、俺が【ショット】ならどうだ?)

 提婆が【バリア】を選んでいると、今度はこちらが窮地に立たされる。【チャージ】をしてくれれば、勝つことができるが、可能性は低い。【ショット】なら相殺されて、お互い、弾丸ゼロ発の、1ターン目に戻る。

(……いや、待てよ? ホントにそうか?)

【ショット】なら相殺されて、お互い、弾丸ゼロ発の、1ターン目に戻る。

(ホントに、そうなのか?)

 それはあくまで、「寿司ジャンケン」のルールだ。「両プレイヤーが【ビーム】なら、相殺扱いとし、お互いの【チャージ】した回数を一つ減らして、ターンを終了する」。

 松久は目を瞑り、想像した。向かい合う二人の人間が、それぞれ、両腕を突き出して、手首を縦に重ね、掌を前に向けている。そこから、太い円柱状のビームを、両者同時に発射した。そして、お互いの、ちょうど中間地点で、真正面から激突した。しばらく、ぶつかり合った後、消失する。

 寿司ジャンケンのプレイヤーたちが抱いているイメージは、このようなものなのだろう。では、これがビームではなく、拳銃の類いだったらどうか?

(弾丸同士がぶつかって相殺……なんて、ありえねえ。お互いの脇をすり抜け、相手のほうに飛んでいく)

 小秋自身、一言も、「二人とも【ショット】なら、相殺として扱う」なんて、言っていない。

(そうか……二人とも【ショット】なら、早撃ち競争として扱われるんだ──ちょうど、西部劇での、ガンマンの決闘みたいな)

 危ないところだった。もし、このことに気づかないままだったら、お互い【ショット】を選んでいた場合、「どうせ、相殺扱いだろう」なんて油断して、あっという間に負けていたかもしれない。

(うーん……やっぱり、ここで提婆が【チャージ】をしてくれるとは思えねえ……俺が【ショット】を行えば、よくて早撃ち競争、悪くて、次のターンでの圧倒的に不利な状況……)

 腕を組み、どのアクションを選ぶべきか、悩む。しかし、結論を出すのに、そう時間はかからなかった。

(このギャンブルで重要なのは、「いかなるタイミングで【ショット】を選ぶか」だ……今はその時じゃない。よし、ここは、【バリア】にしよう)

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