第三十六話 ユージイズ

 松久の要望により、彼が部屋に入った時から雀卓の上に配置されていた牌は使わず、いったん洗牌することになった。【オールマイティ牌】の【北】と【一筒】を除いて、開いた穴に牌を流し込む。

 数十秒後、新しい牌がヤマとなって上がってきた。さすが、大富豪が特注した雀卓なだけのことはある。静かで、騒音がない。先程の牌の背は青色だったが、今回は緑色だった。

 それらの牌も、【北】と【一筒】を除き、すべて穴に流し込んで、洗牌した。背の青い牌がヤマとなり、やはり静かに上がってくる。

 まず、願が二トンを取った。次に、松久も二トン取る。【三筒】【二索】【九索】【西】だった。

 その後も、願が二トン取る。松久も二トン取った。

(おおっ?!)

 思わず驚き、それが顔にも出てしまった。慌てて、ポーカーフェイス、ポーカーフェイス、と心の中で呟き、無表情に戻す。

 取った四枚は、【五萬】【五萬】【五萬】【五萬】だった。

(なんてことだ……一巡目で勝てるじゃないか……!)

 俺に、こんな強運があったとは。松久は、ごくり、と唾を呑み込んだ。

 最後に、願と彼が、ヤマ一トンから牌を一枚ずつ取り、計九枚を窪みに並べた。そこから、先程退避させた【北】四枚を加え、十三枚の手を作った。

 彼女はドラ表示牌を捲った。【四索】だった。

(クソっ……手牌に【五索】はない……ここはカンドラに期待か……)

「それじゃあ、始めるよ」

 願はそう言って、ヤマから牌を取ると、手に載せた。松久は、カンするな、カンするな、と無言で祈った。

 もっとも、大して強くは祈っていない。配牌ですでに、同じものが四枚揃っているだけでも奇跡なのに、それが相手にも起こるなんて、そんな偶然があるものか。

 予想どおり、願はカンせず、【七筒】を捨てた。

 松久は牌をツモった。【一萬】だった。

(だが、何が来ようと関係ねえ)

 松久は叫んだ。「カン!」手牌の【五萬】四枚を倒す。

 願は目を見張った。一瞬後、元の大きさに戻り、「まさか、配牌で同じのを四枚揃えるとは。やるねえ」と呟く。

「豪運、ってやつだな」松久はそう言って、ふふん、と笑うと、「じゃあ、カンドラを捲るぞ」と言い、王牌に手を伸ばした。【四索】を避け、下にあった牌を裏返す。

 それは、【八索】だった。

「クソっ……カンドラも載らないか……」

 松久は舌打ちした。願が、「おやおや、豪運もここまでかい」と煽ってきたので、睨み付ける。

「おお、怖い怖い。じゃあ、二回戦、行こうか」

「ああ」


 一回戦終了


 青足松久 0P


 柚田願  0P


 願はボタンを押し、雀卓の穴を開かせた。二人して、そこに牌を流し込む。

 しばらくして、背が緑色の牌のヤマが上がってきた。まず彼女が二トン取り、次に松久も二トン取る。【六萬】【白】【中】【三筒】だった。

 また、願が二トン取った。彼も二トン取る。【六萬】【七索】【一索】【六萬】だった。

(【六萬】が三枚か……あと一枚あれば、一巡目でカンできたのに……ん、待てよ?)

 そうだ、【オールマイティ牌】だ。【オールマイティ牌】の【北】がある。

(これを【六萬】として使えば、一巡目でカンできる)

 松久はほくそ笑んだ。どうやら、俺の豪運も尽きてはいなかったようだ、と心の中で呟く。

 彼はドラ表示牌を捲った。【一索】だ。

(ってことは、ドラは【二索】か……)松久はため息を吐いた。(また手にないなあ。ドラ表示牌の【一索】ならあるんだが……)

 一回戦目と同じように、一巡目でカンし、カンドラに期待しようか。しかし、前回はそれで失敗した。

(……よし! 今回は、一巡目のカンは見送って、一回だけツモってみよう。別にルール違反じゃないだろう)

 願は【發】を捨てた。松久の手番になる。

 はたして、どの牌を捨てるべきか?

(……やっぱり、【一索】かなあ)松久は【一索】を摘まんだ。(他の牌は、三枚までツモれる可能性があるけれど、【一索】は、一枚はドラ表示牌として見えているから、ツモれるのはあと二枚までだし)

 それ以上悩むこともなく、松久は【一索】を捨てた。

 どうも、浅慮だったらしい。願は、にやり、と笑うと、手牌の端にあった、【一索】の対子と【一筒】を倒した。

「カン!」

 松久は目を瞠り、鼻孔と口を大きく開いて、絶句した。しばらくの間、どちらも、元のサイズに戻ることはなかった。

「それじゃあ、カンドラを捲るよ」願はそう言って、手牌を晒してから、カンドラ表示牌を裏返した。

【四筒】だった。

 松久は願の手牌に目を走らせた。【二萬】【九萬】【五索】【六索】【七索】【二筒】【八筒】【一索】【一索】【一筒】【一筒】【一筒】【一筒】。

(カンドラの【五筒】はない……やった! 願も0Pだ!)松久はガッツポーズをした。

 ところが、だ。願は、特に感情も込めずに、「2P獲得だね」と呟いた。

「ああ?」松久は彼女を睨み付けた。「どこが2Pなんだ。見ろ! 【二索】も【五筒】も、ねえじゃねえか」

「いやいやいや、あるよ、ちゃんと」願は手牌の端の【一筒】二つを左手の人差し指と中指で叩いた。「こっちが【二索】、こっちが【五筒】だ」

「んなっ?!」松久は再び口を大きく開いた。「そんなのありかよ?!」

「あたいはちゃんと言っただろ、【オールマイティ牌】は、『任意のタイミングで使える』って。当然、今使ってもOKさ」

 松久は、うぐ、と呻いた。(確かに言っていた……悔しいが、正論だ……)クソっ、と心の中で叫ぶ。(俺も……俺も、【北】をドラ・カンドラとして使っていれば、一回戦で2P……いやそれどころか、二回戦でも2P獲得できたってのに)

「さあさあ、呆けている暇はないよ。三回戦の準備をしよう」願はそう言って、雀卓の穴を開けた。


 二回戦終了


 青足松久 0P


 柚田願  2P

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