第三十七話 チュージイズ

 投入・洗牌・ヤマ生成などの作業が終わり、配牌に入る。松久の手は、【一筒】以外で言うと、【東】【發】【七萬】【四索】【五索】【九索】【三筒】【四筒】【六筒】だった。

(クソっ! 槓子や刻子どころか、対子すらねえ……)彼は歯噛みした。(せめて対子さえあれば、それと同じ牌を相手が捨てた時に、カンできるってのに……まず、対子を作るところから始めなきゃなんねえのか)

 願がドラ表示牌を捲る。【八筒】だった。ということは、ドラは【九筒】。手牌にない。松久は再び、歯噛みした。

 しかし、うだうだ言っても仕方がない。彼女の、「ほら、あんたからだよ」と言う一声で、気持ちのスイッチを切り替えた。

 ヤマからツモる。【三萬】だった。

(さて……どれを捨てるべきか?)松久は手牌を、じっ、と見た。しばらくして、【東】かな、と心の中で呟く。(【北】と【一筒】は、【オールマイティ牌】として使われている……つまり、決してドラ表示牌・カンドラ表示牌にはならないということだ。これはすなわち、【東】と【二筒】も、決してドラ・カンドラにはならないということ)【東】を摘まんだ。(通るかどうかは別の問題だが……しかし、何しろ第一打だ、情報がまったくない。よし、こいつを捨てよう)

 松久はそう決心し、【東】を捨てた。願はカンをせず、牌をツモると、【六筒】を捨てた。

(おっ……俺の手牌にも【六筒】がある。【オールマイティ牌】を【六筒】として使えば、ポンできる)彼は顎に手を遣った。(さてさて……鳴くべきか、鳴かざるべきか?)

 ここで鳴いておけば、【六筒】の刻子ができる。あと一枚、【六筒】を手に入れられればカンが可能となる。

(ポンをすると、刻子を晒すこととなるから、願は決して【六筒】を捨てなくなるだろう。しかし、別に心配することはない……俺がツモればいいだけだ)

 四枚中二枚は刻子を構成しているわけだから、あと二枚はヤマに眠っている。すでに、願の手牌に組み込まれているわけもないだろう、そうなると彼女はせっかくの対子を崩したということになる。

(鳴かないと、暗カン狙いとなる……つまり、四枚中二枚を、すべて自分がツモらなければならない。それはちょっと厳しいだろう)松久は頷いた。(よし。ここは鳴いておこう)

 彼は「ポン」と発声した。願の捨てた【六筒】を取って、手牌の【六筒】と【一筒】を晒し、刻子として雀卓の隅に寄せる。

「なるほどねえ」願は腕を組んだ。「こりゃ、もう、【六筒】は切れなくなったねえ」

 その後も、麻雀は進行していった。十巡後、松久は四副露していた。【六筒】【一筒】の刻子と、【西】【一筒】の刻子、【五索】【一筒】の刻子、【四萬】【一筒】の刻子だ。残りの【六筒】【西】【五索】【四萬】は、まだ河には見えていない。

 対して願は、二副露している。【七萬】【北】の刻子と、【二索】【北】の刻子だ。しかも、【七萬】は一枚、鳴かれる前に松久が河に捨てている。

(こっちは、残り八枚中一枚をツモればカンできる……しかし願は、残り三枚中一枚をツモらなければカンできない)

 だが、油断は禁物だ。彼女の手の中に、暗刻があるのかもしれない。あるいは、こちらの当たり牌をすでにツモっていて、手に収めているのかもしれない。

(集中を途切れさせてはいけないな……)十一巡目、松久はそんなことを考えながら、ツモった。

 ドラの【九筒】だった。手牌の【三筒】の横に並べる。

(ドラか……こいつは切れないな)松久は【三筒】を切った。(万が一、願がドラ対子を持っていて、カンなんかされたら、4Pだ)

 彼女は【六萬】を切った。舌打ちしてから、松久はツモった。

(んなっ……?!)

 ツモったのは、【七萬】だった。願の当たり牌だ。

(まずい……まずいぞ……)松久は下唇を噛んだ。(当然【七萬】は切れない……【九筒】を切るしかないんだが……【九筒】はドラだ……もし願が、【九筒】の対子を持っていたら……)

 そのリスクを考え、あえてここは【七萬】を切り、願にカンさせるか。それとも、危険を承知で、【九筒】を切るか。

(……いや)松久は願を見据えた。(そう都合よく、ドラ対子を持っているとは思えねえ……ここは【九筒】切りだ)

 彼は、ごくり、と唾を呑み込むと、【九筒】を河に置いた。

 願は、無言だった。

(通った……)はああ、と松久は深く長いため息を吐いた。(切り抜けた……切り抜けたぞ……しかし)ぱん、ぱん、と頬を叩いて、気を引き締める。(ここからが本番だ……何せ、次の十二巡目以降はツモ切りしかできない……あいつの当たり牌が来ないよう、俺の当たり牌が来るよう、祈らないと)

 願は【八筒】を捨てた。彼はズボンで汗を拭くと、ヤマに手を伸ばし、祈りながらツモった。

 祈りは届かなかった。掴んだのは、【二索】だった。

(クソっ……何てことだっ!)松久は思わず、舌打ちした。慌てて、ポーカーフェイスのため真顔に戻ろうとしたが、どうせ今回は負けることに気づき、その必要がないという結論に至る。(【七萬】と【二索】……願の当たり牌を二つとも、掴んじまうなんて……)

 これでは、どうあってもカンされてしまう。

(せめて……せめて、カンされた牌が、カンドラにならないようにしないと)松久は、がりがり、と頭を掻いた。(槓子がカンドラなんかになったら、4Pを獲得される……いや、残りの【北】を【九筒】扱いにすれば、5Pを獲得される。それだけは、どうしても避けなければ)

 では、どうやって避ければいいのか。

 松久は河を見た。カンドラ表示牌になれば、【七萬】がカンドラとなる【六萬】は二枚、捨ててあるが、【二索】がカンドラとなる【一索】は一枚もない。

(つまり、【一索】はまだ四枚、ヤマに眠っていて、カンドラ表示牌になる可能性があるが、【六萬】は二枚しか残ってない……よし、ここは【七萬】を切ろう)

 負けるとわかっていながら牌を切らなければならないなんて──。松久はあまりの悔しさに歯噛みした。しかし、もはやどうにもならないことだ。せめて、ポイントを多く獲得される可能性を少しでも減らすしかない。

 彼は【七萬】を捨てた。間髪入れずに、願が「カン!」と叫び、手を晒す。

「ああっ?!」

 松久は叫んだ。願の晒した手牌は、【白】【白】【八萬】【六索】【北】【北】だったからだ。

「【北】一枚を【白】として扱う……これで役『白』の完成、1P獲得は確定だ」彼女は、にやり、と笑った。「さてさて、カンドラは……?」

(やめろ、乗るなっ!)松久は思わず手を組み、祈った。(乗るな、乗るな、乗るなあっ……!)

「乗ったあっ!」

 願はそう叫んだ。見ると、ひっくり返されたカンドラ表示牌は、【中】だった。

(【白】がドラ……ドラ3……! なんてこった……これじゃあ、俺が【七萬】を切るか【二索】を切るかで迷っていた意味なんて、ねえじゃねえか……!)

「残った【北】のうち、こいつは【九筒】として扱うから」願は左端の【北】の頭を叩いた。「合計、5P獲得だね」


 三回戦終了


 青足松久 0P


 柚田願  7P

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