第三十八話 パラロジャイジイズ

(まずい……まずいぞ、非常にまずい)松久は頭を掻き毟った。(三回戦が終わって、7P差……残りの三戦で、8P以上取らないと)勝負前の、小秋の言葉を思い出す。ぶるり、と体を震わせた。(死ぬ)

 四回戦は、何としても勝たなければならない。彼はそう心の中で呟くと、ヤマから牌を取り、手を作っていった。しばらくして完成し、勝負がスタートする。ドラ表示牌は【三索】。ドラは【四索】だ。

 六巡目まで、お互いカンをせずに進んでいった。松久は二副露。【七筒】と【九筒】のそれぞれに【一筒】を加えた刻子を晒している。【七筒】【九筒】以外にも、【一筒】を使えばポンできる牌は切られたが、鳴きすぎると手が狭まり、すべて当たり牌になってしまう危険性があることを、彼は三回戦から学んでいた。願も二副露で、【三索】と【五索】のおのおのに【北】を加えた刻子を晒していた。

 七巡目、【二萬】をツモる。場には、【二萬】が二枚、すでに見えている。こいつでカンをすることは、絶対にできない。

 さて、どうしよう──彼は腕を組み、考え込んだ。絶対にカンができないから、このまま捨てるか。それとも、絶対にカンをされないから、安全に切れる牌として、手中に確保しておくか。

 松久は、後者を選んだ。手出しで【七索】を捨てる。その後、八巡目、またも彼は、【二萬】をツモった。有効牌を引けなかったことを嘆くべきか、安全牌を確保できたことを喜ぶべきか。複雑な思いのまま、手出しで【三萬】を切った。

 九巡目、彼は【南】をツモった。ポーカーフェイスを保ったまま、心の中で「よっしゃ!」と叫び、【八筒】を捨てた。願は【九索】を切った。

(あと、【南】を一枚ツモるか、願が切ってくれれば、【南】の刻子が完成する……【南】は刻子だけで2Pだ。8Pを取る、大きな一歩となる)

 しかし、願は切ってはくれないだろう。松久はそう付け足した。【南】が、こちらにとって2Pを一挙にゲットする手段であることは、向こうも承知している。みすみす、敵に塩を送るような真似はしまい。

 まさか本当に送って来るとは思わなかった。十巡目、彼が【三萬】をツモ切りした後、願は【南】を、手出しで捨てたのだ。

「おおっ! ポン!」

 そう叫び、【一筒】を使って【南】の刻子を作る。直後、「おおっ」なんて叫んでしまったことを自覚し、恥ずかしくなるが、すぐに気を取り直した。

(しかし、なぜだ……? なぜ願は【南】を切った……?)

 先程も考えたように、【南】が自分にとって重要な牌であることは、彼女も承知していたはずだ。もし、ここで松久が【南】の対子を持っていれば、あっという間にカンをし、確実に、「南」の2Pとドラ・カンドラの2P、合計4Pを獲得していた。

(なのに、どうして【南】を切ったのか)

 決まっている。【南】の重要度が、彼女の手の他七枚と比べて、低かったからだ。

(待てよ待てよ……)松久は俯いた。(十巡目、願がツモった時、晒していない手牌の内容は、【北】二枚に、【南】一枚……)

 残りの、不明な牌は五枚ある。

(そうか……対子が二組、あったんだ)松久は上目遣いに願を見た。(対子を崩すわけにはいかない……だから【南】か、残りの余った一枚を切るしかなかった)

 ではその、余った一枚とは何なのか。

(決まっている……ドラだ)松久はドラ表示牌の【三索】に目を遣った。(ドラは【四索】……それを願は抱えているんだ)

 待てよ。ドラが対子ということはないだろうか。

(……いや、それはない)松久は首を振った。(そうすると、【南】に代わって捨てられなかった、余った一枚の重要度は、【南】より高くドラより低い……そんな牌、存在しない)

 余った一枚もドラだった、という可能性もない。それなら、同じ牌が三枚と【オールマイティ牌】が一枚あるのだから、さっさとカンしているはずだ。

(決まりだ……! 今の願の手牌構成は、対子が二組と、ドラが一枚!)松久は一瞬、高揚した後、ぐっ、と呻いた。(対子が二組だと……? それだと、【三索】【五索】以外の牌でカンされる可能性がある……何としても、これ以上、カンされるのは避けなければならない)

 彼は、手牌の中から【一筒】を摘まむと、それを捨てた。すかさず、「これは、【一筒】として扱う」と言う。

「なるほど、なるほど」願は、うんうん、と頷いた。「【オールマイティ牌】には、【北】と【一筒】が使われていて、これらは、すでに【オールマイティ牌】において扱われた牌として用いることはできない。つまり、【オールマイティ牌】を【北】あるいは【一筒】として使えば、絶対にカンされないということだ」にやり、と笑う。「最高の防御だね」

 その後、彼女は【四萬】を切った。松久は【三筒】をツモり、【一筒】を切る。今度は、「【北】として扱う」と言った。

 その後も、勝負は続いていった。彼は、【オールマイティ牌】が尽きたため、確保しておいた安全牌の【二萬】を捨てていった。

 しかしそれも、十五巡目で種切れとなった。ここからは、安全でない──カンされる可能性のある牌を、切らなければならない。

(どれだ……どれが、カンされる可能性が低い?)

 決まっている。場に一枚、すでに見えている牌だ。少なくとも、まったく捨てられていないものよりも、安全である。

(よし……【八萬】だ、【八萬】を捨てよう)

 松久はそう心の中で呟くと、【八萬】を掴み、河に置いた。

「カン!」という、願の声が響いた。間髪入れず、彼女は手牌から、【八萬】の対子と【北】一枚を倒した。

(クソっ……! 【八萬】の対子を持っていやがったのか……!)松久は歯ぎしりした。(これでやつは、手牌にある【四索】と、残りの【北】一枚を【四索】扱いにして、2P……!)

 願は、手牌をすべて晒した。

 絶句した。

 彼女の手牌は、【西】【七萬】【六索】【北】だったからだ。

「そ、そんな……」松久は震える手で願の手牌を指さした。「ドラどころか……対子もないじゃないかっ! それなら……それならなんで、十巡目で【南】を捨てたんだっ?!」

「君に、あたいの残り手牌は『対子が二組』『ドラが一枚』『【北】が一枚』と誤解させるためだよ」願は、くすり、と笑った。「そうすれば、君は徹底した防御に回るだろう……最初はオールマイティ牌を切り、それが尽きたら場に二枚見えている牌……それも尽きたら、場に一枚見えている牌だ」彼女は【八萬】を指さした。「こいつは、場に一枚見えている牌だからね……君が持っていたら、捨ててくれるだろうと踏んだ」

 松久は、あんぐり、と口を開けた。「でも、お前が【南】を捨てた時、俺がカンする可能性もあったのに」と呟くので精一杯だ。

「まあ、そりゃ、そうだけど」願は、にこっ、と笑った。「あたいは賭けたのさ。あんたが、【南】をカンしない、というほうに」

 松久はやっと、口を閉じた。彼女が、「さて、カンドラを見ようか」と言い、該当の牌を捲る。

【三萬】だった。カンドラは【四萬】ということになる。

「じゃあ、この【北】を【四萬】として扱うことにして、あたいは、1P獲得だね」


 四回戦終了


 青足松久 0P


 柚田願  8P

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