第二十七話 リスンズ

「それで、どんなギャンブルをするんだ」

 松久は投げやり気味に、そう言った。左から順に、彼、三藤、亜出奈の順番で、ソファーに座っていた。その前には小秋が立っており、キッチンには肥後がいる。

「今回あなたたちにプレイしてもらうギャンブルは、ずばり──『チョコスティックゲーム』よ」

「チョコスティックゲームっていうと」亜出奈が言う。「あの、合コンとかでやるやつかい?」

「そのとおりよ」

 チョコスティックとは、某有名製菓会社が発売している、菓子の一種である。十三センチほどの棒状のビスケットを、持ち手の部分三センチを残して、十センチほどチョコレートでコーティングしている。

 これが十九本入ったパックが、一箱に二つ収められている。箱は赤く、表には、十六本のチョコスティックが束状に真ん中で纏められた写真がある。

 チョコスティックゲームとは、二人の人間がチョコスティックの両端を咥え、食べ進めていき、先に口を離したほうの負け、最後まで離さなかったほうの勝ち、というゲームである。両者ともに口を離さなければ、いずれはキスをしてしまうことになる。

「今回は特別に、通常の約八倍──ちょうど一メートルのチョコスティックを、用意したわ。肥後」

 小秋がそう言うと、肥後が「かしこまりました」と答え、冷蔵庫からとても長いチョコスティックを取り出して見せた。数秒後、また冷蔵庫にしまう。

「基本的なルールは、通常のチョコスティックゲームと同じよ。プレイヤー二人に、チョコスティックの両端から中央に向かって、食べ進めてもらうわ。先に口を離したほうの負け、離さなかったほうの勝ち。勝者は、食べたチョコスティック一センチにつき、一〇〇万円を獲得できるわ。逆に敗者には、一センチにつき一〇〇万円を、支払ってもらうわよ。食べた長さは、あそこに置いてある」彼女はテーブルを指差した。「三次元計測カメラで、ミリ秒・ミリメートル単位で測っているわ」

「一センチ、一〇〇万円?!」松久は大声を出した。「ということは、チョコスティックは一メートルだから、最高で、ええと、ええと──」

「一億円だね」亜出奈が助け舟を出した。「上手く行けば、一億円もらえる」

 松久は、ごくり、と唾を呑み込んだ。両手に拳を作り、固く握り締める。

「興奮しているところ、水を差すようで悪いのですが」左隣から三藤が口を出した。「逆に言えば、最悪の場合、一億円の借金を背負うということですわよ」

 松久は思わず、彼女を見た。まっすぐな目で、こちらを見返している。

 亜出奈は挙手した。「あの、一ついいかな、柚田さん」

「どうぞ」

 手を下ろす。「話を聴いていると、どうも、プレイヤーは二人だけみたいだけれど──ボクたちは、三人だよ? 残り一人は、どうするの?」

「残った一人には、プレイヤーではなく、バンカーという役割を担当してもらうわ」

 バンカー、と松久は呟いた。

「バンカーには、プレイヤーたちのお金の移動を仲介してもらうわ。例えば、そうね、プレイヤーAが一〇〇万円を獲得し、プレイヤーBが三〇〇万円を喪失する、というケースを考えるわよ。この場合バンカーに、プレイヤーAに一〇〇万円を支払い、プレイヤーBから三〇〇万円を受け取ってもらうわ。よって、バンカーの儲けは二〇〇万円になるわね」

 なるほど、と亜出奈も呟いた。「つまり、お金の移動は、あくまでボクたち三人の間でするってわけだね。柚田さんが、支払うってわけじゃない」

「そのとおりよ」

「ふうん」松久は頷いた。「三つ巴というわけか」

「なお、チョコスティックが途中で折れてしまった場合は、新しいものを折れるまでの長さにカットしてから、プレイヤーたちに咥えてもらって、再スタートするわ。わざと折った場合は、ペナルティーとして一億円支払ってもらうから、そのつもりで」

「……ちょっと、皆様、大事なことを忘れておりませんの?」三藤が他の三人の顔を見回して、言った。「プレイヤーが二人とも、最後まで口を離さずに、そ、その──」顔をわずかに赤くした。「キ、キスをしてしまった場合は、どういう扱いになりますの?」

 小秋は、にやり、と笑った。「気づいたわね。そこがこのギャンブルの、醍醐味よ」

 醍醐味、と三藤が呟いた。

「キスが発生した場合には」少し間が置かれる。「両プレイヤーに、死んでもらうわ」

 今度は、長い間が置かれた。小秋以外の三人とも、何を言っているのかわからない、というような顔で彼女を見つめていた。

「ゲーム開始前に、プレイヤーAの唇に薬品C、プレイヤーBの唇に薬品Dを塗るの」沈黙を破ったのは、小秋だった。「これらの薬品は、単体では無害、体内に多量に摂取してもまったく問題ないけれど──二つが混ざると、たちまちのうちに強力な有毒成分が発生し、少量が皮膚についただけでも、即座に心臓麻痺を起こし、死に至るわ」

「つ、つまり、あれかっ」松久は震える声で言った。「い、いの、命を賭けろと言っているのか、お前は」

「そんなこと、一言も言ってないわよ」小秋は、にこっ、と微笑んで言った。「死ぬのが嫌なら、さっさと口を離せばいいじゃない。そうすれば、生きてギャンブルを終えられるわよ」

「その代わり、借金も背負うけどね」亜出奈はそう言って、はあ、と溜め息を吐いた。

「借金の取り立ては、我が柚田財閥が責任を持って行うわ。本人に財産がなくても、家族や親戚、知り合い中をあたれば、おそらくは回収できるでしょうから。ただ、あたしたちにもギャランティーが必要なの。今回、このギャンブル・パーティを開催したのも、それが目的で……」小秋は右手で「3」を表した。「三人には、最終獲得金額の三割を、参加費として支払ってもらうわ。額がマイナスになっている場合は、請求しないから、心配しないでね。

 以上が、簡単なルール説明よ。このルールにさえ抵触しなければ、何でもありだから。……さて」小秋は三藤と亜出奈の顔を見た。「二人には、もう一度伺うけれど……このギャンブルに、参加するのよね?」

 もちろん、と亜出奈は言った。「元より、リスクなくしてお金が得られないのは、覚悟の上だからね」

「わたくしも、同意見でございますわ」

 わかったわ、と小秋は答えた。「それじゃあ、今から準備を始めるわね」


 ちょっとちょっと、と言って松久が小秋をリビングの外の廊下に呼び出したのは、肥後がギャンブルの準備のためか、何やらごそごそし始めた直後だった。

「何よ。どうしたのよ」

「いやいや……どうしたのよじゃねえだろ?! い、いの、命を賭けろって……」

「いやだから、命を賭けろだなんて──」

「お、お前だって知っているだろ?! 俺を殺したら──手帳の中身が公開されちまうぞ?!」

「知っているわよ、それは。でもね、あれから──あなたが病室で目を覚ました日から、私が、手帳の件について、何の対策も講じていないと思った?」

「──何だって?」

「手帳の中身を公開されても、まあ、大丈夫じゃないけれど、何とか耐えられるレベルの策を、すでに実行しているわ。何より、公開されないのが一番だから、あなたを積極的に殺しにかかる、なんてことはできないけれど……とにかく」小秋は、びっ、と右手の人差し指を松久の鼻先に突きつけた。「あなたがこのギャンブルの結果、死んだとしても、私のほうは何とかなるから、心配しないでちょうだい」

「心配しないでって、お前なあ──」

「用件はそれだけ? ……それだけのようね。それじゃ、リビングに戻りましょうよ」

 小秋はそう言うと、扉を開けて今に入った。松久は、不承不承、と言った感じで、その後に続いた。

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