第二話 セレクツ
「それでは、アイマスクを着用してくださいな」スーツ姿になった彼女は、くぐもった声で、そう言った。
小秋は言われたとおり、アイマスクを着用した。それを確認し、三藤はシャッフルを始めた。
対爆スーツが重たいのか、動きは鈍い。しかし、手つきは慣れていて、宝箱を自由自在に動かしていた。円を描くように位置を入れ替えたり、入れ替えると見せかけて元に戻したりしている。机に擦りつけて音を出すようにしたり、宙に浮かして音を消すようにしたりもしていた。
松久は提婆と一緒に、様子を窺っていた。三藤の手際はとても鮮やかで、どちらの箱が正解か、すぐに分からなくなってしまった。
「勝てるのか、柚田は……」松久は、三藤を睨みつけながらいった。不正がないよう、見張っているのだ。
「大丈夫じゃあないっすか?」提婆が答えた。「彼女、凄腕のギャンブラーみたいじゃないっすか」
「でも、これ……ホントに、運任せだぞ? 麻雀とかポーカーとかなら、心理戦・情報戦の要素があるが……こんな、『どっちだ?』みたいなギャンブルじゃ、正解をどちらにするか、なんて、気まぐれで選ばれちまうんじゃ……」
「ああ……それなら、大丈夫だと思うっすよ。なぜなら──」
「終わりましたわ」提婆の声を遮り、三藤が言った。「さあ、アイマスクを外してくださいまし」机の上には、タオルがかけられている。
「その必要はないわ」小秋はにやり、と笑った。「左よ」
それを聞き、松久と提婆は、怪訝な表情になった。三藤は、顔がヘルメットで隠れているため、分からない。
「……なにゆえ、左の箱を選んだのか、理由をお聞かせ願えませんでしょうか? 目隠しをしたままということは……鎌をかけて、わたくしの反応を見ようとしたわけではございませんね。なにか、根拠があるのではございませんか?」
「ええ、あるわよ」小秋はアイマスクを外した。「三つほど」
「み、三つも……ですか?」三藤は、心底驚いているようだった。
「まず、一つ目は──『心理戦の成立』」
おっ、と松久は小さな声を上げた。自分が先ほどまで、話題にしていたことだ。
「このギャンブル、一見すると、純粋な運任せで、心理戦が成り立つとは思えないけれど……それは違うわ。これは、単なる『右か左か』のギャンブルじゃないわね。『変か不変か』のギャンブルよ」
「変……不変?」松久は顎を摘んだ。
「あなたが最初、ルール説明をした時、正解の宝箱は左、不正解の宝箱は右にあったわ。そして、シャッフルされた後──正解の宝箱の位置は、かき混ぜられる前と変わっているか? 変わっていないか? ……これは、そういうギャンブルよ。以上が第一の根拠」
「……素晴らしいですわ」三藤は軽く拍手をした。「そこに思い至りましたのね。今までの挑戦者の中には、それも分からずに、完全に運任せの勝負だと勘違いされていた方もいらっしゃいましたから」
「それはどうも。で、二つ目の根拠は──『賭け金の額』」
「額?」
「ええ。あなた、こう言ったわよね、『こんな少額のギャンブルをするのは久しぶり』って」
「……ええ」三藤は頷いた。
「っていうことは、よ。あなたにとって、この勝負の重要度は、低いんじゃないかしら?」小秋はにやり、と笑った。「たとえ負けて、一千万円を奪われたとしても、他に、もっと高い額のお金を賭けて、このギャンブルをする機会は、いくらでもある。そこで取り戻せばいい」
三藤は、返事をしなかった。
「これが、第二の根拠ね。そして、最後の根拠は──『箱の底』」
「……底?」三藤が、怪訝な表情をしているであろうことが、ヘルメット越しでも分かった。「底が、どうかしましたの? シャッフル後には見られないはずですわ」
「シャッフル後じゃないわ。最初の、ルール説明のとき、あなたが、爆弾の入った箱の、底を見せてくれたじゃない。あの時よ」
「……どういうことですか? 怪しげではあっても、違和感はない見た目のはずですが」
「それよ」小秋は三藤を指差した。「違和感がないのが、問題なのよ」
「はい?」
「さっきあなたは、『爆死スプラッタを見たいから、コストがかかるのは受け入れている』……そういう趣旨のことを言ったわよね」
「……ええ」三藤は頷いた。「そうですわね」
「でも、できる限り節約はしたい……そう思うでしょう?」
「……思いますわね」再び、頷く。
「じゃあ……もし、あなたがギャンブルに負けた場合──爆弾の入った宝箱は、取り残されるわけだけれど……これ、どうしているのかしら?」
「どうって──」
「これはあくまで、私の想像だけれど……きっと、次のギャンブルに再利用しているんじゃないかしら? いちいち、新しいのを作るのは面倒だし、コストもかかるものね」
三藤は返事をしなかった。小秋は続ける。
「それで、再利用された宝箱だけれど……きっと、その底は、擦れ傷だらけになっているんじゃないかしら? だって、あれだけの時間、縦横無尽に動かされ続けていたものね。少なくとも、新品みたいにピカピカじゃいられないわ」
三藤はまたも、返事をしなかった。
「でも、あなたが見せた爆弾の宝箱の底は、綺麗で、特に違和感を覚えなかった。つまりあなたは、前回のギャンブルで勝利しているわ。これが、第三の根拠よ」
「……それで?」三藤は肩をすくめた。「それらの根拠がいったい、どんな推測の基になるって言うんですの? 第一の、『心理戦の成立』はともかく……第二の『賭け金の額』、第三の、『箱の底』は──それらから、何が言えますの?」
「あなたの、心理状態よ」小秋は、びっ、と人差し指を立てた。「ずばり、『機嫌がよく』て、『負けてもいい』。以前勝ったばっかりで、重要度も低いのだから」
三藤は、目をほんのわずかに見開いた。
「そんな気持ちだったら──きっと、『変と不変のうち、普段は選びにくいほうを選ぼう』と思うんじゃないかしら。『選びやすいほうは、重要度の高い勝負のために、とっておこう』と」
松久は、ごくり、と唾を呑み込んだ。小秋は話を絶やさない。
「なにせ挑戦者は、事前に下調べをし、今までに行われた、このギャンブルの結果を知っていて、それらから、今回のあなたの手を推測しようとしている可能性があるわ。だから、『選びやすいほうばかりを選ぶ』っていうわけにはいかないわよね?」
なるほど、と提婆が呟いた。
「同じ理由で、シャッフルするうちに、どっちの箱が正解か自分でも分からなくなっちゃった──っていう事態に陥ることも、あなたは防いでいるでしょうね」
「たとえ、その推理が当たっていたとして」間髪入れずに三藤が返事をした。「変と不変のどちらが、普段は選びにくいかなんて──あなたに分かりますの?」
「ええ。分かるわよ」
「なんですって?」
「あなた、ギャンブルは苦手だって言っていたわよね。だとしたら──『不変』は選びにくいんじゃないかしら? だって、『不変』で勝利するっていうことは、相手の深読み──自滅を待つ、ってことだもの。弱い自分が、強い相手の自滅を待つ……これって、上手くいかなさそうじゃない?」
三藤は、余裕そうに微笑んでいた。しかし松久は、それこそが、動揺の現れではないかと思った。
「以上の根拠から、推理すると」小秋は左の宝箱を両手で掴み、引き寄せた。「正解は、こっちよ」タオルをどけ、フタに手をかけた。
松久は、両手の拳を固く握った。
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