第45話 放たれし神の矢


「で、結局はここですか」


 強風の吹き荒れるビルの屋上、少佐はテオとベルセリオンが制圧したこの場所へ俺を連れてきた。


「ここがいちばん望めるんだ、せっかくなら特等席で見たいと思うのも道理ではないかね?」


 神の人形が、憎き共産主義の象徴ごと吹き飛ぶところは確かに見てみたい。だがまさかアレを使うとはな......。

 敵の動向は各中隊が監視、報告によれば夜明けと同時に動き出しそうとのこと。


 僅かに明かりの灯る広場へ向き、2人の元執行者がコローナを触りながら話している。


「そういえば、連邦軍はなぜ空爆を行わなかったので?」


 素朴な疑問だった。

 わざわざ仮想敵国に応援を要請したのにも、なにか意味がある筈だ。


「あぁそのことか、連邦は街の破壊をとにかく嫌がっているらしい。空爆で同志の銅像を吹き飛ばせば即粛清リスト入りだ。地上戦をしようにも錬成が追いついていないのが現状、帝国を頼ったのもこれが原因かな」


「こんな時ですら内ゲバですか、連邦上層部はメンツまで捨てて、さぞ人民委員が怖いのでしょうね」


 呆れて笑いが出そうになる、大陸の危機ですらお互いに協調できないのかと。


「もっとも、我々を頼った者はもうこの世にはいないかもしれんがね......。敵国軍に泣き付いたんだ、連邦内じゃ残当だろう」


 少佐はメガネのズレを直すと、東から顔を出した日に照らされる街を一瞥した。


「連邦には"神が壊した"と報告する、嘘をつくのは好かんのでね」


「言葉のあやですか......、その悪知恵はある意味尊敬ものです」


「全て真実だよ大尉、この街は"神に占領され"、開放するとき"神に広場を破壊された"。どこも間違いはないさ」


 広場を壊したくなくて我々を呼んだ結果がこれか、他国に軍事を任せると結局こうなるということだろう。

 自分の家は、自分で守らなければならないという戒めになるな。


「主よ、灼熱の世界より来たれ、遥か海の果て――」


 その詠唱は既に聞いたもの、屋上の空気が熱を帯びる中、テオは讃歌を謳う。


「哀れな子羊を傲慢と欲望から救済すべく、地獄の業火を与えられん――」


 銀色の美しい髪は真紅に染まり、瞳が業火に満ちる。

 燃え盛る世界を体現したかのような姿は、見目よくも俺に畏怖を抱かせた。


「具現せよ『神装・ムスペルヘイム』!!」


 ベルセリオンが帝国の地で現したそれを、連邦の地で、今度はテオが纏ったのだ。

 アスガルが誇る兵器――――『神装』。強大な魔力は、戦略兵器級と言えるそれ。


 グランソフィアで我々に向けられた神の矢が、今レクトルへと向けられたのだ。


「天駆ける光は浄化の調べ、悪の権化ごんげを殲滅せん!『イグニス・ストラトスアロー』!!」


 大気を裂き、音速以上の速さで放たれた猛炎の矢は、戦車砲が如き弾道で広場へ着弾。

 岩盤が吹っ飛び、設けられていた対空陣地が木っ端微塵に消滅する。赤い広場と銅像は、たった今この世界から消滅した。


『こちら04、敵陣地粉砕! 赤いおじさんと広場は吹っ飛びました!! 残存集団は街を放棄し、撤退する模様!!』


 04ことアルバレス中尉が、興奮気味に弾着報告を上げてくれる。

 舞い上がった膨大な煙を見上げるテオに、俺は後ろから近づいた。


「大丈夫かテオ、まさかホントに使えるとは思わなかったが、体への負担はどうだ?」


 神装を解いたテオは全身が汗に濡れており、呼吸を荒くしていた。


「だい......じょうぶ、ちょっと疲れただけ......だから」


 言いながらヨタつくテオを、横から俺とベルセリオンが支える。


「神装の受け渡しには成功したが、やはり執行者じゃないと負荷が大きいようだな。テオ・エクシリアは当面動けんだろう」


 ベルセリオンが呟く。

 死にかけた彼女は神装をテオに渡していた、今回、その威力を試すよう上からも言われていたが、1回でこれだと運用には課題が残るな。


『こちら03、大隊長、敵に追撃をかけますか?』


 潰走するレクトルに対し、ナスタチウム中尉が意見具申する。


「その必要は無い、レーヴァテイン大隊はホールディングエリアへ後退せよ。赤色の雨が間もなく降り注ぐ」


 甲高いジェットエンジン音が【カーラグラード】を揺らした、それも1つではない、かなりの数だ。

 見上げれば、赤い星が付いた複数の無骨な大型輸送機が空を覆っていた。


『Ураааааааааааааааааа!!!!』


 オープン回線でヤツらは指揮の高さを垂れ流す。

 卵のように輸送機から吐き出された数百以上の兵士は、夜明けに合わせて突入してきたミハイル連邦軍空挺部隊。

 同時に、撤退する敵の進路上にも空挺戦車が次々落とされていった。


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