第6話 帝国国防省


 かつてこの国が都市国家であった頃、中枢たる帝宮を守護せんと建てられた巨大要塞は百数十年が経った現在、帝国国防省として今も役目を果たし続けていた。


 改築を重ね石レンガの奥ゆかしい面影こそ減ったものの、大型ヘリポートからシェルター、高射砲塔や各司令施設が備わり、今もテオドール帝国にとって欠かせない存在となっている。


 そう、ここは人類の誇る文明の牙城なのだ。なのだが......。


「へーっ、てっきり城の頂上に司令部があると思ったけど、こんな地下に造ってたなんて思わなかったわ」


 俺とアルバレス中尉、武装した数人の兵士に囲まれる形で、物々しい軍施設とは正反対の清楚な少女が通路を歩いていた。

 銀髪のサイドテールを振り、興味深そうにキョロキョロと見回す彼女は、どう見てもただの子供。


 端から見れば、軍司令の愛娘を警備しているとでも思われるだろう。実際、すれ違う者達からは「要人の娘か......?」といった会話がなされていた。


「ねえ、どこに連れて行くつもり? まさか拷問とかされないわよね?」


 行き先に不安を感じたのか、顔を知る俺をつついた。


「これからお前に会ってもらう人達がいる、後の事もそこで決定されるから、怪しい行動は慎むよう」


 飾り気を伴わせない返事に、テオはムッとした様子で軍服の袖を引っ張る。やめろ、同僚の視線が痛い。


「まあまあ大尉、彼女も緊張くらいしますって。ここは優しく接するのが大人ってもんですよ」


 自称優しいお兄さんのアルバレス中尉、満面の笑顔を振り撒くも......。


「......顔が怖い」


「えぇッ!?」


 テオが数歩分中尉から距離を置いただけに終わった。


 強面も合間ってか、彼は作り笑いが心底下手な事で有名だ。軍に入る前は接客業も考えていたらしいが、それが原因で選ばなかったらしい。


「――あははははは! アルバレス中尉また引かれてるんですか! その面相でよく女の子に近付こうと思いましたねー」


 耳を刺す、っというよりアルバレス中尉の心を貫く声が通路の正面から飛んできた。

 壁にもたれ、腹を抱えながら大笑いしていたのは1人の若い女性士官だ。


 ひとしきり笑った彼女は、涙を拭きがてら肩に掛かっていた茶髪のポニーテールを後ろに流すと、黒のプリーツスカートをなびかせ俺達の前に立った。


「ほんと、大隊長が私を迎えに寄越した理由がよく分かりますよ。男ばっかじゃ危ないですしね」


「てめえエミリア・ナスタチウムか、秋津の帰国子女が何しに来やがった」


 豹変したかのように食いかかるアルバレス中尉。彼とは反対に、ナスタチウム中尉はその童顔を向け「フフン」と鼻で笑う。


「言った通りですよ。フォルティス大尉は別としても、銃抱えた男共で囲んだのでは不敏ですし、特に中尉は危険因子ですからねー」


「あ"ぁ"ッ!?」


 非常にマズイ。実はこの2人、同じ大隊なのだが恐ろしく仲が悪い。

 普段は丁寧言葉のアルバレスも、彼女相手だと素のタメ口になる。


 しかし、俺にはもっと気になる事があった。


「ナスタチウム中尉、さっき迎えと言っていたが......何故こんな通路で?」


「へッ?」


 一触即発の空気が、間の抜けた返事によって立ち消えた。


「そうだ、迎えならヘリポートですりゃ良かっただろ」


「えっ! いや......そのー」


 モジモジと指先をいじっていた彼女は、ゆっくりと紅潮した顔を背けながら。


「みっ、道に迷ってました......」


 ――呟く。


「アッハハハハハハハハッ!!! みち......道に迷ったあ!? お前それでも士官かよ! 鳥の方がマシなんじゃねーのか?」


「仕方ないでしょ! 人に聞いても北の方とかいちいち方角で言うし、そもそも北ってどっちよ!」


 ああマズい......こうなるととにかく埒が明かないのだ。

 2人の間に割って入り仲裁するというお決まりの流れをやりつつ、テオの方を見ると――。


「クスッ」


 笑われていた。

 だが、これで少しでも気を緩めてくれるのなら都合が良い。


「ところで君がテオちゃん? 初めまして! こんな泥だらけになって大変だったでしょ? 今すぐお風呂に入れてあげたいけど、その前に来てほしいところがあってねー」


 膝を折り、テオと同じ目線になるナスタチウム中尉。


「分かってる、その部屋っていうのはあとどれくらいで着くの?」


「うーん......、そこの角曲がってすぐかな」


「おい」と一同の揃ったツッコミが入る。

 彼女は、どうやら本当に同じ場所をグルグル回っていたようだ。その方向音痴ぶりに呆れながら、俺は角を曲がってすぐの部屋に入った――。


「エルド・フォルティス以下12名、"パンドラの箱"をお持ちしました」


 中は広めの応接室のようになっていて、隅っこには国旗と天井には監視カメラ、さらに言えば2人の男が待ち構えていた。その内1人が俺達を迎え入れる。


「ご苦労だったねフォルティス大尉、アルバレス中尉」


 何を考えているか察しにくい笑みを端正な顔立ちで浮かべ、メガネを光らせる金髪の高身長な男。

 彼こそが、廃墟で真っ先にキマイラをふっ飛ばした、他ならぬ我らが大隊長。


「ようこそ帝国国防省へ、僕は帝国軍、第315魔装化機動大隊の長を拝命している、ジーク・ラインメタル少佐だ。歓迎するよ、テオ・エクシリア君」


 ヒョロっとした軽い様子で手を差し出すラインメタル少佐、その対応は人間相手の時とほぼ変わらない。

 握手に応じるテオへ、見下ろす形で少佐は続けた。


「今一度確認しておきたい、君の役職は『神』と部下から伺っているが......本当かい?」


 手を離しながら質問を重ねる。この時点でテオはほとんど喋らなくなっていたが、コクリと頷く。

 彼女も気付いたのだろう、死角無く配置された監視カメラと、真後ろで半方位していた俺達の行動を――。


「確認は取れたな少佐? では国防大臣の権限により命ずる。これよりプランA、『円卓えんたく』を発動せよ」


 奥のソファーに腰掛けていた中年の、しかし覇気のある男が、立ち上がりながら言い放つ。

 ほぼ同時に、俺を始めとしたアルバレスやナスタチウム両中尉、他の部隊員が一斉に"その銃口をテオへ向けた"。


「......なるほど、そういう事」


 額に汗をにじませながら、テオは細い両手を上げる。

 国防大臣の呟いたプランA『円卓』、それは――。


「始めようかテオ君、きみと我々の運命を決める交渉を」


 神を力づくで対話の席へ着かせるという、人類史上最も不敬極まる作戦だった。


※ ※ ※


【秋津国】

極東に位置する島国。

平和主義を国是としているが、レクトルによって輸入が滞ることを恐れ、交戦国に間接的な支援を行っている。


※大陸国家オリヴィア合衆国と同盟しており、海洋大国でもあるためその海上戦力は侮れない。

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