第2話 出会い


「――い、......おーいエルド・フォルティス大尉! そろそろ着きますよ」


 ガタガタと揺れる車内、助手席でうっかり寝ていた俺の耳を叩くようにして、同僚の声が夢から覚ました。

 ズレていた眼鏡をかけ直しながら振り向くと、軽装甲の装輪機動車(そうりんきどうしゃ)、その運転席からグラン・アルバレス中尉がこちらを横目で見ていた。


「大尉が居眠りするなんて珍しいですね、随分うなされてましたけど悪夢でも見たので?」


 どことなく軽い口調で言った後、アルバレス中尉は運転へ戻る。

 もう半年前になる国境守備戦、これまで何度も夢に出たが、やはり慣れるものじゃない。


 浴びせたようにかいた汗が、テオドール帝国陸軍の黒が基調となった飾り気の無い制服を濡らしていた。


「まあそんなところだな.....任務中に悪かった、状況は?」


「現在時刻は16:45、敵性『レクトル』の目撃地点はこの先の廃墟です。一旦止まって"銃"を後部トランクから出しましょう」


 荒(すさ)んだ道路脇に装甲車を寄せると、俺達は降車して装甲車後部のトランクと、そこに入っていた複数のケースを開けた。

 テオドール帝国を代表する重工業、『ガリア社』の生産した装備品がその無骨な姿を現す。


 9ミリ口径の拳銃弾を高速で撃ち出す《短機関銃サブマシンガン》と、5.56ミリ高速ライフル弾を用いた《自動小銃アサルトライフル》。


 そして、装弾数に優れた《多用途機関銃(LMG)》。こちらは車上に設けられた銃座へ設置して運用する。


「本格的に魔法を使う連中と銃で戦うってのは、なんかいつまで経っても慣れませんね。『神』が召喚せし異界の軍団『レクトル』との戦争が始まって、もう一年半ですよ」


 光陰矢こういんやごとしといった様子で、中尉は小銃のコッキングレバーを念入りに引く。


 1年前――、北極に突如として現れた『神』を名乗る集団と、何処(いずこ)より出現せし異形。それらを総じて、最初に侵攻された北国の住人は『支配者レクトル』と畏怖の意味を込めて呼んだ。


「我々は人間だ、神とその傀儡くぐつたる人形どもに負ける道理は無い。1匹残らず殲滅してくれる」


 夢に見た半年前の光景が脳裏に蘇った。

 同時にゴゴッという低く鋭い音が遠くで鳴り、気付けば曇天(どんてん)が真上を覆い隠している。


「一雨来そうだな......中尉、車は出せるか?」


「いつでも、銃のチェックが大丈夫ならさっさと現場に行きましょう。いつ雨が降り出すかも分からない嫌な曇り空です」


 茶色掛かった黒髪を手で押さえ、少し強面な容姿の彼は運転席の扉を開きながら天を仰ぎ見た。



「うわっ、やっぱ降り出しましたね......。上部ハッチちゃんと閉まってます?」


 バラバラと大粒の雨が装甲車を叩き、車体上部の銃座から水が入って来ないか心配しながら、アルバレス中尉もワイパーを起動する。


「大丈夫だ、それより瓦礫等の障害物に気をつけろよ。天井に頭ぶつけるのはゴメンだからな、それから周囲警戒も厳だ」


 今走っているのは、帝都より数キロ南進したところに佇む廃墟群。戦争から1年が経った頃、飛行型レクトルによる奇襲を受け壊滅した地区だ。


 人はもう住んでいない。瓦礫と化した無人のビルに挟まれた道路を、4輪装甲車の分厚いタイヤが石ころを砕き疾走する無機質な音だけが響く。


「にしても、本当にこんな場所で『レクトル』なんて居たんですかね? もし今ドラゴン級とかが現れたら、手持ちの武器じゃ歯が立ちませんよ」


「そうなったら速攻で逃げるさ、俺達はあくまで偵察だからな。不本意極まるが」


 俺と中尉は今回廃墟のピクニックに来たわけじゃない、この廃墟エリアで徘徊するレクトルを見たと、警察のパトロールから何度も通報があったのだ。


 まさか2人で行ってこいなんて言われるとは思わなかったが、敵性レクトルに対しては現場指揮官の判断で即時発砲可というお墨付きを頂いたので、まあなんとかなりそうだった。


 目撃ポイントへ近付き、少々緊張気味の俺達を天より降った落雷が驚かせた。急がしく動くワイパー越しに激しい稲妻が映る。

 ドガガガッという爆音は、至近で落ちたのかタイムラグ無しで俺達の耳へ届いた。


「うわっ、結構近いですよ今の!」


「ああ、すぐそこの団地に落ちたな......火災が起きてないか心配だ。少し寄るぞ」


 アルバレス中尉へ指示し、50メートル先の落雷が落ちたであろう場所へ車を走らせる。劣化した建物が燃えていないか不安であったが、そこには火災など微塵も無く。


 1人の少女が雨天の下、体中を濡らして横たわっていた。


「大尉、あそこに倒れてるのって人ですよね......? もしかして今の雷に打たれて......って大尉!?」


 俺は中尉に車を任せると、先程ケースから取り出した《短機関銃》を護身用にスリングで首からげ、雨中へと飛び出した。


※ ※ ※


短機関銃サブマシンガン

拳銃弾を使った小型サイズの機関銃。

近距離戦闘の他、戦車の乗組員が護身用に使用する。


※発射速度の早いものが多く、その分バラつきも結構ある。

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