第3話 銀髪の少女


「おいッ! しっかりしろ!!」


 雨の降り注ぐ廃墟、倒れていた少女の頭を腕で抱きながら、俺はひとしきりに叫んでいた。

 白く繊細な肌はすっかり冷え込んでしまっているが生きてはいるようで、流麗ながらも幼い顔つきの彼女は年齢にして15くらいだろうか......。


 服装は白のワンピースを一着だけ纏っており、指輪以外目立ったアクセサリーも付いていない。

 サイドテールにした銀髪が、雨粒に濡れて一層輝いて見える。


「っ......うんッ......?」


 少女のまぶたが僅かに開いた。


「意識が戻った! 君、体とか大丈夫か?」


 とりあえず具合を聞いてみる。

 しかし、痛みや寒気がひどければこのまま病院へ運ぼうと思っていた俺を、少女は体勢を起こすと同時にいきなり掴み掛かってきた。


「ここはどこッ!? あなたは!? 『執行者しっこうしゃ』なら何故私を消さなかった!!」


「おい待て落ち着け! いっぺんに色々言うな、俺は帝国軍の人間だからお前に危害は加えないと約束する! 倒れてるのを見つけて助けようとしただけだ!」


 ガクガクと肩を揺さ振る少女の腕を掴みながら、俺は首にぶら下げた短機関銃サブマシンガンを守るように抵抗した。

 セーフティーを付けているとはいえ、暴発する危険性は捨てきれないのだ。


 しばらく興奮していた少女だが、突然腕に入る力が抜けたかと思うと、そのまま俺の方向へ倒れ込んできた。


「お腹空いたぁ......、人間の食べるご飯が欲しいよぉ」


「ご飯ってお前、もしかして空腹で倒れてたのか? 嘘だろ......」


 呆れるような理由に、俺は眼鏡を外し頭を抱えた。


「嘘じゃない、もしあなたが執行者じゃないなら食事を分けて欲しい。お礼はちゃんとする」


 透き通った優美な声なのだが、言ってる事がかなり残念というか情けない。無論この子を放り出せもしないので、俺達は味方である証明を行う。


 車中で待機させていたアルバレスに、帝国軍から支給されている戦闘糧食レーションを持って来てもらった。


「これは干し肉? 味はまあまあだけどお腹は膨れるわね。強いて言うならちょっと濃いかな」


「そりゃ燃費最悪の俺達軍人用だからな、味付けは濃いめだ。本当に美味いレーションが食べたかったら、極東の秋津国にでも頼んでくれ」


「大尉、この子って身元不明人ですよね? 一旦保護して帝都に戻りますか?」


 よほどお腹が空いていたのか、短冊状の干し肉にハムハムとがっつく少女。もうお持ち帰りは確定なので、報告する前に身分だけでも聞いておく。


「君名前は? どこから来たか教えてくれる?」


 無機質な軍服を着用し、首から短機関銃をぶら下げて言う台詞じゃないだろうと心中で問答。

 そんな俺に、レーションをたいらげた少女はごくごく自然に言い放った。


「私はテオ、神界で人類浄化を推し進めていた執行者の1人、人間には昔から『神』って呼ばれてたみたい」


「「......はあ?」」


 俺達はとんだ病患者を拾ってしまったらしい、人間満たされ過ぎても常軌を逸すると聞く。空腹から解放された精神的な反動が彼女をこのような言動に走らせているに違いない。


 こちらの気など知らず、テオと名乗った少女は話をドンドン加速させた。


「そうだ! あなた達軍の人なんでしょ? だったら協力してくれないかしら?」


 俺と中尉はお互いに顔を合わせ示しあった。

 (ヤバい......)っと。


「あーテオちゃんだっけ? お兄さん達と車に乗って街まで戻ろうか。ここは今レクトルが出没しててすごく危ないからね」  


「そうそう、良い子にしててくれたらジュースも買ってあげるからさ、お兄さん達と行こ。ね?」


 テオドール帝国軍のお兄さんとして、迫真の笑みで優しく話し掛けた。

 以前見かけた警官がしていた迷子対応の見よう見まねだが、これなら通じる筈。


「ちょっ! 何よそのお子様にするような接し方は!? 執行者は辞めたけど、これでも一応『神』なのよ!! 舐めないでよおッ!!」


「はいはい、アメちゃんなら車内にあるからそれを舐めようね。中尉、大隊本部に身元不明人1名を保護と連絡してくれ」


 半ば引っ張る形で腕を持ち、テオを装甲車の方へ連れていく。

 もし彼女が本当に『神』であるならば、未知の力とやらで俺達は噛ませ犬同然に消されるだろう。第一、こんな威厳の欠片も無い少女が神である理由も見当たらないのだ。


 次に吹いた漆黒の風が肌を触るまでは......。


「見つけたぞ、テオ・エクシリア」


 落ち着いた小さな、それでいて一帯に響く声。

 それまで無抵抗だったテオが俺の手を振りほどき、真後ろへ振り返った。


「ベルセリオン......」


 鈴の鳴るような凛とした声で呼ばれた存在は、ショートヘアの黒髪を花で飾り、身長はテオより少し低めの端麗な少女。


 さらに言えば彼女の背に立つ影、この廃墟で度々目撃されていたであろう異形、ワイバーン級レクトルが俺達を困惑の海へ突き落とした。


「久しぶりだなテオ、いや......神の裏切り者よ」


※ ※ ※


戦闘糧食レーション

軍事行動中に配給される糧食りょうしょく

国ごとにくっそマズかったり、超美味しかったりする。


※最近は缶詰型が廃れ、衛生面、品質向上の面から自衛隊などはレトルトパック型を好んでいる。

日本のレーションは結構美味いらしい

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