第4話 執行者


 雨降りしきる沈黙の廃墟。黒髪を花で彩った少女と、赤く塗り潰された火炎が如き翼を広げるワイバーン級レクトルが、俺達の目の前に現れた。


 少女の背後に立つ異形、ヤツが目撃されていたくだんのレクトルで間違いないだろう。


 神話に登場するモンスターの様な外見を持つ事からワイバーン級と呼ばれているが、何故それが少女に付き従っている......?。

 掻き回された空気を、再び開いた少女の口が破った。


「テオ・エクシリア。主を裏切り人間の国へ降りたのは『浄化』を止める為か? 返答如何(へんとういかん)によっては、あなたを直ちに抹殺せよと命じられている」


 少女は冷たい瞳をテオに向けながら、ゆっくりと歩み出した。

 後方のレクトルに動きは無い。


「執行者ベルセリオン! 私はあれが神の行うべき所業ではないと確信している。元来無干渉を貫いてきた我々が暗黙の掟を破った、どう考えても間違ってる!」


 先程からテオがずっと口走っていた『執行者』という単語、ベルセリオンと呼ばれた少女がそれなのだろうか。俺はワイバーン級と睨み合いながら会話を聞き続ける。


「......残念だ、なら私は貴様をこの場で滅さなくてはならない。主に逆らった罪、許されると思うな」


 少女の表情が殺意に満ちたものへ変わった。

 横へ突き出した右手に、幾何学文字が幾重にも浮かび上がる。不気味な紫色に輝くそれは、やがて1本の時代錯誤も甚だしい光沢ある剣となり具現化した。


「我が名は、神界アスガルが執行者ベルセリオン。偉大なる主の命により、貴様を排除する!」


 見紛うわけが無い、あれは魔法だ!


「ベルセリオンッ!!」


 テオの痛ましい声が廃墟に響く。

 刹那、ベルセリオンは雨粒を切り一気にテオへ肉薄、その動きは完全に人間離れしていた。


 しかし直後に発生した音は、何かを断ち切るものとは遠く離れた、硬質な物体同士がぶつかる衝突音。雷光に照らされた2人が現実とはどこか違った浮遊感を持たせる。


 そこでは、両者全く同じ剣でのつばぜり合いが発生していたのだ。


「《グランドクロス》......、裏切り者が何故そんな高尚な神器を持っている?」


「"元執行者"の嗜(たしな)みよ、本当は使いたくなかったんだけど」


 ここまで信じられない情景を見たのは、半年前の北方要塞以来だろうか。まだ年端も行かぬ少女2人が、雷のような速さで剣撃を撃ち合っているのだ。


 目で追えない攻防は俺とアルバレス、ワイバーンの丁度中間で行われていたが、形勢はすぐに決した。


「人間の体では満足に戦えまい、裏切り者が勝てると思うなッ!」


「くうッ!!」


 力押しで劣ったテオの剣は弾き飛ばされた。テオは濡れたアスファルトの上を大きく転がり、そのまま力無く横たわる。


「ぐッ......ケホ!」


 体格からは想像出来ない重さの攻撃を何とか防ぎきったのだろう、泥にまみれた彼女はそれでもなお立ち上がろうとしている。

 もう見ていられなかった。


「アルバレス中尉! 車をいつでも回せるようにしてくれ!」


「了解ですが、大尉はどうするんです!?」


 どうする? そんなもの最初から決まりきっている。

 俺は帝国軍人としてやるべき事をやるだけだ。


「――終わりだなテオ、私の慈悲で楽に逝かせてやろう。ワイバーン......とどめを刺せ」


 俺は一切の躊躇無く地面を蹴った。短機関銃(サブマシンガン)のセーフティーを解き、弾丸を薬室に送り込む。無骨で飾り気なんて考慮すらされていない殺傷に特化した機械を、汚らしいよだれを垂らしたワイバーン級に向けた。


「テオ!! お前は俺達に何を望む!!!」


 保護下にある彼女を守る為、俺は後ろで倒れるテオに叫んだ。


 レクトルではなく、執行者に行動を起こすとなると帝国軍人には最後の一押し......、交戦規定に基づいた武器使用の正当化が必要だった。


「そこをどけ人間、お前がそいつを助ける義理は無い筈だ」


 紋様の走った刀身を携えたベルセリオンが、怒りをあらわにする。

 しばらくして、テオは声を掠らせながら、雨音の中ハッキリと答えた。


「たす......けてッ!」


 枷は外された。


「対象からの庇護要請を確認! 急迫不正(きゅうはくふせい)の侵害(しんがい)から正当防衛を行うッ!!」


 俺はトリガーガードに掛けていた指で引き金を引いた。

 凄まじい動作音と同時に、9ミリ口径の拳銃弾が高速で吐き出された。バレルから噴き出した発射炎が水溜まりに反射し空薬莢がバラバラと降り注ぐ。


「ゴガアアアアアァァァアアァァァァァッッ!?」


 至近距離で射撃を受けたワイバーン級はたまらずのけ反り、硬い鱗に覆われた巨体を地に倒しのたうちまわった。

 狙った部位は目、バラまくように撃ったが左目に運良く命中したようだ。


「よし逃げるぞ! 中尉は援護を頼む!!」


 再び銃を首に掛け、俺は弱ったテオを担ぎながら装甲車へと走った。


「あの人間......軍隊だったか、何故テオを庇った?」


 背後から聞こえた声を無視して、後部座席に大急ぎでテオを乗せる。


「出せ! 出せ出せッ!!」


 ハッチに乗り込みながら車を発進させ、全速力で現場から離脱を開始。身元不明者1名を保護した俺達は一直線に帝都へ突っ走った。

 何かが来る追っ手の気配を身に感じながら。


※ ※ ※


【急迫不正の侵害】

法治国家において不法に法益を侵害される、または危機が差し迫った状態。

正当防衛とは上記の事柄に対して自分、及び他人に侵害があった場合に行われる。


※親しい国家間だと集団的自衛権とかになる(もちろん上記と定義は全く異なるよ)

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