第34話 新隊員


 ――テオドール帝国 首都オーディン。帝国軍第315魔装化機動大隊本部。


 グランソフィアの防衛戦からもう一週間が経った。

 執行者ベルセリオンに俺達は勝利し、街を襲ったアスガルの軍勢は、駆けつけた帝国軍師団によってまたたく間に殲滅された。


 廊下を半長靴で叩きながら、あの日を思い出す。


 俺は神を無意味に盲信するヤツが嫌いだ、そういう意味で、テオやベルセリオンは自分にとって間違いなくイレギュラーな存在だろう。


 意志、信念、彼女達はそれを確かに持っている。持っていたからこそ、俺はテオとの共闘を心底では矛盾と認識しながらも良しとし、敵であるベルセリオンにすら敬意を抱いた。


 あの後、ベルセリオンは軍の総合病院へ移送された。助かる可能性は低いが、帝国にとっては貴重な情報源である。


「第315魔装化機動大隊、エルド・フォルティス大尉、入室します」


 木製のドアを数回ノックし、俺はラインメタル少佐に到着を知らせた。

 ようやく休暇が取れたと思った矢先の呼び出し、あの少佐のことだ、絶対ろくでもないことに決まっている。


 本当なら官舎でゆっくり本でも読むか、寝る予定だったのだ。断われないのは社会人のさがか、これも仕事と割り切ろう。


「ああ、入ってくれ」


 言われるがまま入ると、相変わらずというか少しばかり質素。あまり飾り気の無い執務室が広がっていた。

 当然、出迎えたのはジーク・ラインメタル少佐だ。


「何の用でしょうか? 大隊長殿」


「いやいや、せっかくの休日に申し訳ないとは思うんだが、僕から個人的に頼みたいことがあってね。悪いが聞いてくれるかな?」


 ニンマリと微笑む少佐は本当に悪魔のようだ、しかし、個人的な頼みとは何だ。

 またパシリにでもされるのだろうかと俺が思っていると、真横から突然透き通るような女性の声が掛けられた。


「一週間前に比べて顔が少しやつれているぞ、大方、今日は一日ズボラに過ごそうとでも考えていたんだろう? コーヒーでも飲んで目を覚ますんだな」


 流麗なショートヘアの黒髪を振る、整った顔立ちの少女だった。


「ああ悪い、頂こう」


 ......ん?

 受け取った嗜好品を喉に流し込みながら少女を見た。


「どうした?」


 俺の目がおかしくなったのか......? それとも魔導ブーストの多用で幻覚を見ている? もし間違いがなければ眼前の少女は――。


「ゴフフォッッ!!??」


 せっかくのコーヒーだが思わず吹き出し、少女へぶっかけてしまった。だが、これはもう不可抗力だろう。

 こいつは、この執行者は――――。


「ベルセリオン!? 何故お前が!?」


 コーヒーを溜らせながらたまらず叫んだ。


「ええい汚らしい! なんだ、ジークから聞いてなかったのか? 私は"執行者を辞めた"、今日付けでな」


 吹き出したコーヒーをモロにかぶったベルセリオンが、憤慨しつつも冷静に言い放つ。


「辞めただと!? ついこの間までお前は人類浄化を掲げていただろう!」


 意味が分からなかった、だからこそ怒声を上げて問う。


「ああそうだ......、確かに私は人類の浄化こそ唯一の正義と信じ行動してきた。だが一週間前、お前は私に言ったではないか。『それが主の意志ならば考え直せ』と」


 ハッとする、確かに激戦の中で叫んだ記憶はある。その上で我々は彼女を打ち負かしたのだから。


「何故テオ・エクシリアは人間に味方したのか? 朦朧とする意識の中で何度も問答していた。3日程前か――ジークが私の部屋へやってきたのは、そんな時だった」


 彼女はうつむきながら続ける。


「死の間際で己と向き合って初めて分かった。結局、私はお前の言った通りただの人形だったんだ。執行者というリボンで飾っただけのマリオネット! だから私は......この男の提案に乗った」


 目線をやれば、ラインメタル少佐が笑っていた。

 ああ、やっぱりこの男は悪魔の類だったようだ、しかも神すらあざ笑う特級の悪魔。


「詳細は後々話すとして、まずは紹介しようフォルティス大尉」


 少佐の眼鏡の奥で、不気味な何かが踊っているようだった。

 胃がキリキリと悲鳴を上げる。


「彼女は本日付けで帝国軍第315魔装化機動大隊 第1中隊へ配属となったベルセリオン特務尉官だ」


 人事うんめいとは、本当にどうしようのないものらしい。

 帝国は、このレーヴァテイン大隊は、この後どのような道を辿るのか、俺にはもう想像さえできなかった。

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