第35話 神と悪魔


「なぜ......私を部隊へ入れたんだ?」


 エルドという士官が部屋を出てすぐ、私は開口一番で横に座る、ジーク・ラインメタルというへ男へ疑問を投げていた。


「言った通りだよ、君は敵情を知る唯一の存在だ。我々としてもその方が――」


「そんな建前は聞いてない、さっきエルドに言ったこともそうだ、お前は何を企んでいる? 私は人類の敵なんだぞ」


 そう、こいつからしてみれば私は殲滅すべき悪の存在。だがこの男は病室で言ったのだ。


『――他者の信念に負けて悔しいか? 執行者ベルセリオン。悔しいなら選びたまえ。このまま黙秘し地獄のような日々を送るか......、起き上がり本当の意志を探したいのか。糸を切ってみろ、人形マリオネットよ』


 それは私の渇ききった、虚空のような心には海が降ったかの如き、潤いに満ちた言葉だった。

 感情と激情が入り混じり、私は迷うことなく傷んだ体を起こしたことを記憶している。だが――。


「私は人間のいう国際法とやらを無視した、そんな資格など......ない」


「確かに君は人間の定義する罪を侵した、しかしそれらはまだ償えるものだ。君のできる最大限の奉仕を帝国にしてくれれば上も文句は言うまい」


 結果至上主義か、ジークは笑みを浮かべながら視線を天井へ向けた。


「この部隊に居る者は皆(みな)が信念を持っていると思う、フォルティス大尉もそうだが、意志こそ強いけどどこか縛られていてね。まるで信念の奴隷だ」


「視野狭窄、見えているものが狭すぎると?」


 私の問(とい)に、ジークは軽く頷く。


「ああ、僕は彼らにもっと広い視野を持って欲しいと思っている。そういう意味で、君も例外ではないぞ」


「なんだと?」


 怒気の色を強め、私は刺すようにジークを睨みつけた。


「君は『主』と『使命』、これらを信念の元としていた。主のため使命のため、なればこそ努力したんだろう? ――――そんなの君主にすがるだけの"人形"じゃないか」


 私の手は机を飾る万年筆を奪い取り、1秒掛からずジークの喉元へ突きつけていた。


「お前は私を嘲笑あざわらうためだけに生かしたのか? 返答如何によっては......この場で消すぞ!」


《グランドクロス》も《神装》も今は無い。

 それでも元執行者だ、こんな男1人殺すなど造作もない。


「落ち着きたまえ、それに気づいたからこそ、君はこの大隊へ入る資格を得た。自分に付いた糸を看破したんだ、僕は視野を広げる手伝いをしたいだけだよ」


 身じろぎ一つせず、ジークは僅かにこちらを見た。


「我が隊の副隊長であるフォルティス大尉だが、一貫して神嫌いの男でね、そんな彼の視野を広げる役を担って欲しい」


「......神嫌いだと? ならなぜあの男はテオ・エクシリアと共にいる」


 神を憎む人間が、神と同じ部隊だと? 矛盾にも程がある。戦闘の最中にだってそんな気は一切感じられなかった。


「もちろん、僕が引き合わせたからだ。言っただろう? 彼もまた神を憎むあまりとても視野が狭い。神や悪魔というのは、単純なようで実のところそうじゃないんだ」


 劇薬治療、神嫌いにつける薬は神ということか。


「エルドにあんな頼みをした理由もそれか、つくづく嫌味なヤツだ。いつか刺されても知らんぞ」


「ハハハハッ、それは困るな〜。あと、そろそろこの万年筆を下ろしてくれないかい?」


 そういえば喉元に突きつけたままだった、いっそこのまま突き刺そうとも考えたが、私の憤慨は既に晴れており万年筆をアッサリ下ろす。


「ありがとう、ここで殺されるのは勘弁願うところだったよ」


 そして、首をコキコキと鳴らすジークに私は今思い出した懸念を聞いた。


「そういえばグランソフィアの話だが、中央戦線での被害がどれほどだったか聞いておきたい。その......あの部分には特に戦力を集中させていた。犠牲者の数によっては一層の償いが必要だろう」


 私がワイバーンと広場に進出したのは、実のところ陽動だった。

 本命はキマイラ級30体を中核とした、ドレイクロードを含む執行兵連隊による一点突破。

 あの時広場に居なかったジークなら、その概要も知るところだろう。


 そして、私はこの質問をしたことを生涯悔やむこととなる。


「......ん? ああアレね、君は刺されて知らなかったのか。こちらの損害は"軽症者が数名"だよ」


「......えっ!?」


 ありえない、戦車すら想定した編成だった筈。死者どころか重傷者もゼロ?

 バカなと言いかけた私は、しかしジークの笑顔に粉砕された。


「"1匹残らず僕が片付けた"。君が気負う必要はないよ」


 この男に優位だと思っていた幻想が、木っ端微塵に砕け散った。どうりで動じないわけだ、戦車より強い存在に万年筆を突きつけたところで笑われるのがオチ。

 本能が警笛を鳴らす、この男に逆らうなと......。


「さて、フォルティス大尉との件だが、問題はないね?」


 選択肢など無い、私は額に汗をかきながら頷く。


「なら良かった、いい休日を過ごしてくれたまえ」


 主の次は悪魔ということか......。


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