第20話 性質と本質、神が知るのはまだ先か――


 市街地への無差別砲撃は、なんとか平静を保っていた市民を動揺させるに十分だったようだ。

 テオを含めた第2中隊11人で、人波を掻き分けるように進んでいると、第2射の砲撃とおぼしき光が暗い空を青白く照らす。


「くそッ!! 全員、その場に伏せろ!」


 再びこだました大地を揺らす爆発音。帝国軍の攻撃圏外から撃っているのだろうか、着弾範囲はてんでバラバラだ。


 やはり最初に現れたドレイク級は、攻撃ヘリの気を逸らす陽動と断定して間違いないだろう。

 アスガルの第1目標は、街全域への面制圧攻撃。攻撃ヘリに砲が潰されるのを嫌がったか。


「いやッ......! ああ、神様! どうか......どうか助けて下さい!」


 突き抜けるようにして聞こえた悲鳴へ目を向けると、女性が住宅の傍で両手を合わせ、泣き崩れていた。

 見たところ外傷は無い、だが錯乱し、パニックを起こしているようだ。


 俺が駆け寄ろうとした時、テオが叫んだ。


「エルド! 上ッ!!」


 砲撃の振動で、女性の真上から大量の瓦が流れ落ちる。

 問答する暇は無い、俺は全身の魔力を奮い立たせ、半長靴はんちょうかで地面を蹴った。


「脚部集中、魔導ブースト!!!」


 飛び込むように女性を抱え転がると、数秒経たずしてガラガラと重い瓦が、石畳にぶつかり粉々になる音が背後で聞こえた。

 間一髪といったところだろう、倒れ込んでいた女性を起こすと、俺の目を見て肩を震わせる。


 そうだった......、魔導ブースト発動時には瞳が紅く染まってしまうので、逆に怯えさせてしまうのも無理はない。

 だが、今はそんなことどうでもいい。


「怪我はないな? もし歩けるならすぐ高台の大聖堂へ逃げ込むんだ!」


 ここに居ては本当に死にかねない、だからこそ一心不乱に叫ぶ。

 しかし女性は体を縮こませ、祈りの言葉を唱えるばかり。どうするもない、今俺に出来ることはたった1つ。


「祈る暇があるんなら......、母親から貰ったその足で早く逃げろッ!!! ここで君が死んだら、どれだけの人が悲しむと思っているんだ!!」


 叱咤するように現実を突きつける、嫌悪されようと構わない、ここで1人の人間が理不尽に命を落とすよりかは何万倍もマシなんだ。


「タラント伍長! すまんが彼女を避難所まで連れて行ってくれ」


「了解です大尉! 完璧にエスコートして差し上げますよ」


 部下の頼もしさにひとまず安堵の息を漏らす。

 女性も少し落ち着いてきたのか、息を整え、伍長の肩を借りながらこちらへ質問してきた。


「あの......、あなた達は一体?」


 そういえばまだ名乗っていなかったのを思い出した。小銃やらなんやら武装しているので理解していると勝手に解釈していたが、テオを見たら判別がつかなかくなったのだろう。


「――我々はテオドール帝国軍です、国民の生命と財産、領土と主権を守るため、全力を尽くします。ですから一刻も早く......この場からの退避をお願い致します」


 頭を下げる。

 次の砲撃がいつ落ちてくるかも分からない、もうここは安全を保証できるような所じゃないから、ここは死と向き合う戦場なのだ。


 伍長に連れられ遠ざかる女性の背中を見送り、ふと振り向いた俺は、神妙な顔をしたテオから想定外の質問を投げつけられた。


「ねえエルド、今の人......なんで助けたの?」


「はっ?」


 こいつはいきなり何を言ってるんだ!? 何故(なぜ)だと? 意味を分かった上で聞いているのか?


「どういう......ことだ?」


 テオに問う。


「あの瓦、一歩遅れてたらエルドに当たってたわ。自分の身を危険に晒してまで助ける意味があったの?」


「当たり前だ! 俺は軍人で彼女は民間人、助けるのは道理だろ! それにお前こそ、列車では俺を敵の弾から守ってくれたじゃないか」


「あれはあの時、エルドに死なれたら私のエスコートをしてくれる人間が居なくなって私が困るからよ。人間っていうのは、対価やメリットで動く生き物じゃないの?」


 ああ......そういうことか、この神は確かに人間を理解している。だが同時に人間がなんなのかを理解できていないのだ。

 この発言に悪意など無いのだろう、それが人間の当たり前だと考えているから。


「間違ってはいない。でもな、人ってのは時に利害を無視して動く生き物なんだ。あの女性を助けたのも軍人である以前に、俺が人として取った行動だからだ」


 聴き入るテオへ、諭すように俺は続けた。


「じゃなきゃ、あの日の廃墟でお前を助けたりなんかしてない。利益とかそんなんじゃないんだよ」


 うつむいたテオが、銀髪をなびかせながら流麗な顔を横へ背けた。


「......分かんない」


「今はそれで良い、これから色んな出会いがあるし、お前はお前のペースで学んでくれ。さっ! 敵は近い、まずはやるべき仕事をやりに行こう」


 再び走り出す。踏み出す度、自走砲や迫撃砲の音が大きくなっていった。

 ......前線は近い。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る