第7話 円卓


「単刀直入に伺おう。君は何が目的でここ、テオドール帝国にやって来たんだい?」


 応接室で銃口を向けられながらソファーに座る少女は、問答を開始したラインメタル少佐を落ち着き払った様子で見つめていた。

 美しい銀髪をサイドテールに整えた華奢きゃしゃな外見は、どう見てもこの場の空気と逆行していた。


「――人類世界浄化、その阻止が目的です」


 ただでさえ重苦しかった室内の空気が、密度そのままに凍り付いた。


「人類世界の浄化だと......? すまんが、もう少し砕いてもらって良いだろうか」


 国防大臣がいぶかしそうに問う。


「はい、人類浄化とは私の故郷であり......、今あなた達が戦争中の、『アスガル』という世界が下した意思決定です。端的に言えば、人類という種を現在の1割未満まで減らすことが目的でしょうか」


 神話生物のような外見を持った、『レクトル』と呼ばれる異形が大陸北方から溢れ出したのは、そのアスガルという世界の意向だと彼女は言う。


 トリガーガードに掛けた俺の指が小刻みに震え出した。それは恐怖でも不安でない、火山のような怒りそのもの。

 『神』などという抽象的な存在が、人類国家を滅ぼす外敵と、目の前の自称『神』がそう言い切ったのだ。


 銃口を向けられているにも関わらず、テオはその口をさらに活発に動かす。


「人類世界侵攻を担う数人の神は、『執行者』と呼ばれる役職に着いています。私も......その1人でした」


「"でした"、ということは......今君は自分をどういう立場と認識しているんだい?」


 それはある意味、この話し合いにおける本題であった。

 ここであからさまな敵対宣言、または反抗的態度を取れば、俺達はこの神を抹殺すべく銃のトリガーを引く。


 言ってみろ神よ、お前という存在は一体何なのだッ......!。


 彼女は1つ会釈(えしゃく)すると、勢いをつけて前のめりになり、幼く覇気のある声を響かせた。


「私は、アスガルが神として浄化阻止のため、人類と共に執行者及び召喚獣の"殲滅"を目的としています! あなた達に敵対意思が無いことも明言しましょう!」


 "神の裏切り者"、脳裏にベルセリオンと呼ばれていた少女の言葉が鮮明に蘇った。

 本当にこの少女は......、故郷も同胞も捨てて、自らの意思と信念を貫こうとしているのか。


「――大隊各員、もう銃を下ろして構わない」


 ラインメタル少佐は、戦術目標達成によほど満足しているのか、口角はややつり上がり、清楚な顔立ちからは笑みというべきものがこぼれていた。


「理解した、君の持つ武器に関しては後ほど話し合うとして、テオ・エクシリア君。ひとまず歓迎しよう」


 少佐は立ち上がり、再び右手を前へ伸ばす。

 1度目とは違う、仲間と認めた者に対する敬意に満ちた握手だった。


 テオも差し出されたそれを、色白く小さな手でグッと握り返す。


「ようこそ、第315魔装化機動大隊(まそうかきどうだいたい)へ」


 この瞬間は、有史以来最も目立たずに行われた、計り知れない程に大きい出来事なのかもしれない。

 そして俺の、永遠に続く矛盾との葛藤、その始まりだった。

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