第8話 侵犯されし我が部屋


円卓えんたく』という名のだいそれた話し合いは無事終わり、テオが持つ潜在的な危険性は現状皆無であると判断された。


 彼女は『神』という身分にこだわっているものの、とりあえずは法務省と人事院を通し、国防省所属の特別国家公務員になっていただく。


 しかるべき身分の保障、職業の問題はこれにて解消だ。

 素晴らしい、彼女を神という曖昧な存在ではなく、いち人間として扱う我が国の先進性には感嘆してしまうな。帝国万歳。


 そんなノミ程にささやかな悦に浸り、いつも通り官舎かんしゃの自室扉を開けた俺は、そのまま面食らった。


「遅かったじゃない、神である私を待たせるなんて不敬も良いところだけど、この素晴らしい服をくれた"エミリア"に免じて許してあげる」


 リビングにまで広がったプライベート空間を蹂躙(じゅうりん)するように、新品のパジャマで身を包んだテオが、引き締まった腰に片手を当てながらスーパー帰りの俺を指差した。


「はっ......?」


 あまりの不意打ちに声が出ない。何故こいつが俺の部屋に居る? 会議後ラインメタル少佐に用意された寝室へ連れて行った筈......、しかも今エミリアと言ったか?。


「あっ、おかえりなさいエルドさん。事後報告になっちゃうんですが、お邪魔してまーす」


 リビングでゆったりくつろぐエミリアが見えた。プライベートなら名で呼んでも良いと言ったが、ここまで踏み込むのは人権の侵害に等しいぞ!


「いや〜すみませんエルドさん......、俺は反対したんですけど、ラインメタル少佐が『顔見知りと居た方が彼女もストレスが掛からないから』とおっしゃいまして」


 強面に似合わず、グラン・アルバレス中尉がこの場の誰よりも丁寧な敬語で説明する。

 いや待て! 理屈は分からんでもないが顔見知りではないだろ、そもそも俺とテオは今日出会ったばかり。ましてこいつは神という――。


「あれ? もしかしてエルドったら、私の身体に見惚みとれて動けなくなっちゃったかな? イヤだーもう! そんなケダモノだったなん――いったぁい!」


 俺の右手は無意識にテオの脳天へチョップを叩き落としていた。両手で脳天を押さえながら悶絶する神の横をすり抜け、俺はそのまま占拠されているリビングへと進攻した。



 自室に人を入れるのなんて何年ぶりだろうか、炊いてあった米で簡単に焼き飯を4人分作った俺は、普段こそ1人で使うテーブルを囲みながら談笑の渦中に居た。


「米ってマジ最強やわ〜、おかず無しでも3杯はイケるのに焼き飯とかもうたまらんってー」


「おいエミリア、前々から気になってたんだがその妙な訛りっつーか喋り方は何だ?」


 満面の笑みで食事を頬張るエミリア•ナスタチウム中尉に、グランがスプーン片手にツッコミを入れる。


「ほら、私って少し前まで秋津国中西部の港街に住んでたやん? 元々言語同じやしうつってしもたんよ。気ぃ緩んでまうとうっかり出てしまうねんなーコレ」


 秋津国は極東に位置する島国で、エミリアはそこに数年前まで住んでいた。

 使う言語が同じということもあり、テオドール帝国とは友好関係にある。この米も、戦時中の我が国に秋津から送られてくる食料支援品の一つだった。


「テオちゃんは食べないの? もしかして口に合わなかったり?」


 見れば、出した皿に彼女は一口も手をつけていなかったのだ。


「エルドさんの飯が微妙なのは分かりますけど、食材が優秀なんで心配は無用っすよ」


 グラン君、ちょっと後で話そうか。

 だが、食べていないのも気になるので「理由があるなら言ってくれ」とだけ伺う。

 すると、なんというべきか想像の斜め上、センサーが狂ったミサイルくらい予想不能な答えが返された。


「別に怒ってないし......」


 場に沈黙が降り立つ。そういえばさっきパジャマを自慢するテオを、思いっきりスルーしたが......まさか。


「お前......もしかして拗ねてる?」


 プイッと端麗な顔をテオは横に背けた。


「かっ......かわいい」


 赤面した顔を隠すように両手で口を覆うエミリア。

 いや完全に子供だろ。これが神などほとほと呆れる話だが、さっきからグーグー鳴り響くテオの腹音を聞く限り、大人の対応をした方が良さそうだ。


「分かったよ、さっきは無視して悪かった。でもせっかくお前の分も作ったんだから食べてくれないか?」


 放置されていたテオのスプーンで焼き飯をすくって見せ、試しに口へ近づけてみた。すると......。


「はむっ!」


 スプーンごと持っていかれそうな勢いで食い付かれた。試しにもう一度すくう。


「はむっ!!」


 その後は皿の上が綺麗さっぱり無くなるまでこの作業が続いた訳だが、ここまでチョロいと逆に心配になるぞ。

 テオの機嫌もすっかり直ったことなので、俺は少し気になっていた話を持ち出す。


「テオ、1つ気になってたことあるんだが......聞いても良いか?」


 焼き飯をリスのように頬張りながら、テオは首を縦に振る。


「今日キマイラ級と交戦した時だ、何故魔法による攻撃が来ると分かったんだ?」


 もし、彼女があの時に警告を発してくれなければ、今頃俺とグランは仲良く2階級特進をしていただろう。

 テオはゴッキュゴッキュと目の前のお茶を飲み干すと、平たい胸に手を当てながら自信満々に言った。


「"魔力探知"くらい朝飯前よ。人間の体になって能力がいくばかは封じられたけど、一点に集まる魔力なら余裕で把握出来るわ!」


「っというと、俺達のことも例外ではないと?」


「最初は分かりづらかったけどね。でも殴り飛ばされたキマイラをヘリに乗る間際見たのと、ジークに会った時確信したわ。エルド......いえ、あなた達が所属する部隊が扱う装備に、"魔法を根幹とする物"があるんじゃないかってね」


 やはり腐っても神ということか、警戒は緩めない方が良さそうだ。


「ねえ! その魔法を使う装備ってどう運用しているの? 人間は昔から魔法が使えなかった筈でしょ?」


 彼女は人類に対して好意的だが、それ以上に好奇心で動いている節(ふし)が見られる。むしろ、それが本心にすら思えた。


 迫る彼女に「すぐ分かる」とだけ言い、俺は後片付けを始めた。


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