第32話 潰える意思と進む信念
「コローナに人間の武器を入れていた......っ!? どこまでも型破りなヤツだ......」
無敵を誇った神装は解除され、無骨な銃口の先には1人の執行者が力無く倒れている。
淀みの無い晴れた青空が街を照らし、心地良いそよ風が肌を撫で、戦闘の終結を知らせた。
『ザッ......こちらレーヴァテイン01、敵軍団は統率を失い壊走、本部より掃討戦へ意向せりとのことだ。大隊諸君よくやってくれた』
「大隊長!? ご無事でしたか、損害の程はどうです?」
『なに、軽症者が数名出たくらいだ。そちらも無事ならそれでいい、すぐに合流する』
指揮官の彼女が倒れ、レクトルの組織力が瓦解したのか。それにしても、装甲車とタメを張るキマイラ級30体を相手にほぼ損害無しとは、さすがは少佐といったところか。
「さて、こっちも詰めるとしよう。執行者ベルセリオン! 貴官を拘束させてもらう。勝敗は決した」
「......そのようだな。だがテオ・エクシリアよ、その前に1つ聞きたいことがある......ッ!」
額から鮮血を流し、痛々しそうに上体を起こしたベルセリオンは、その可憐な顔でテオを見上げる。
「神器に兵器を入れるなど、以前のお前からは考えられない発想だ。人間の入れ知恵か?」
テオはうーんと顎に指をやると、語り掛けるように口開いた。
「っていうより、エルドやジーク、エミリアやグランと皆で考えたかな。まあどっちにしろ、私1人じゃあなたには絶対勝てなかったわ」
女神の無邪気な微笑み、ニヒヒっと白い歯を見せたテオがその右手を差し出した。
「......負けだ、お前たちの信念に私の全ては完璧に敗れた。主から頂いた軍勢も駆逐されつつある。......執行者失格だな」
「私なんてとっくの前に辞めたわよ、この機にいっそ、転職してみるのも良いんじゃない?」
「お前にしては面白い冗談だ、まあ......もし許されるなら考えておこう――」
直接口にしないまでも、テオの提案は不可能だと言っているようなものだった。
彼女を待つのは尋問、聴取、国際法違反についての裁判。民間人に死者が出なかったとはいえ、当然の帰結だろう。
同情こそしないまでも、何故かそれ以上憎むことが俺にはできなかった。ざまあみろと思えた方が楽なのになあと銃を下げ、ゆっくりとテオの手を掴みベルセリオンが立ち上がったと思った瞬間......まず最初に視界を覆ったのは"血"だった。
「――――え?」
テオのカーディガンに跳ねた真紅のそれは、今目の前で手を握っていた少女のものだった。
「がは......ッッ!?」
視線をやると、ベルセリオンの華奢な体に突き刺さっていたのは装飾ある、だがれっきとした光沢のある"槍"。
吐血した彼女は地面に血を吐くと、その場に崩れ落ちた。
「ベルセリオン!! なんでッ......!? 一体どこから!?」
取り乱すテオ。
魔力探知の範囲外、または隠蔽された一撃は、ベルセリオンが倒れると同じくしてフッと消え去った。
神器か......? つまり、他の執行者が彼女を消そうとした? いや! 今はそれどころじゃない。
部下に全周を警戒させ、既に近場まで来ていた衛生兵を呼びつける。
「テオ......エクシリア、お前に返すものがある」
「喋らないで!! 血が......こんなに出てる!」
テオの言う通り出血がひどい、俺は衛生兵と共に急ぎ止血の準備を行う。
「私のコローナを受け取れ......、中にはグランドクロスともう一つ、し......ゲホッ!!」
「黙って!! そんなの、そんなの今はいいから!!」
それでも聞かず、ベルセリオンは消えそうな声で続けた。
「お前の力の一部を返す......、だから............お前はお前の、信念を貫け」
指輪を渡したと同時、彼女の意識が消えた。
血溜まりに腕を落とし、まぶたを閉じる。
「マーキュリー、こちらジーク・ラインメタル少佐だ。大至急輸送用のヘリと大量の輸血を用意してくれ。時間が無い、急いでくれ」
振り向けば、ラインメタル少佐が眼鏡の奥から碧眼を覗かせていた。
「大丈夫だよテオ君、彼女は我々が――――必ず助ける。まだ死なれては困る存在だからね」
ニヤリと笑う少佐、半年前に死にかけた俺を助けた時も、こんな様子だったのだろうと、俺は無意識の内に悟っていた。
※ ※ ※
【コローナ】
テオやベルセリオンが持つ神器の1つ。
主に他の神器(グランドクロス等)を入れているが、315大隊の提案で無反動砲などの重火器もテオは入れている。
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