第5話 追撃戦


「315第1分遣隊よりマーキュリーへ! ワイバーン級を含む敵性レクトルより現在追撃を受けている、至急増援を求むッ!」


 荒れた道路を疾走する装甲車。

 そのハッチから俺は上半身を乗り出し、運転席で本部と通信するアルバレス中尉の声を背に後方警戒を強めていた。


 今座っている銃座には、《多用途軽機関銃(LMG)》が据えられている。

 ベルトリンクによって最大で200発の弾丸が撃ち出せるこれは、優秀な分隊支援火器として各国で採用されている。


 テオドール帝国では主に歩兵が扱う他、軽装甲車等の銃座として運用しており、今回は後者に当たる。


「大尉! 即応部隊到着まではおよそ10分との事、追われてるなんて言っちゃいましたが、奴ら本当に追ってくるんですかね?」


「分からん! だがこのまま見逃がしてくれるとも考えにくい、念には念をだ」


 銃側面のレバーを引くと、鋭く高い金属音が鳴った。

 実を言うとまだ追っ手の類は来ていない、あのベルセリオンという少女がただ手をこまねくだけの筈が無いと判断しての、誇大報告だ。


「......あいつは必ず追ってくる。裏切り者の私を殺す為に、わざわざこの地へ降りてきたんだから」


 後部座席に座ったテオが弱々しく声を出す。


「おいおい怪我してるんだから無理すんなって、事情は後で山ほど聞くと思うけど、今は俺達に任せな」


 身元不明人という形で保護したが、彼女がもし仮に神だとしたら俺はどう接すれば良いのだろうか。神を自称する少女を、神を最も忌み嫌う人間が助けたのだ。


 運命は、一体何を思ってこのような巡り合わせを画策したのだろうか。


「それにしても体って面倒ね。お腹はすぐ減るし、力も弱いし......でも」


 少しの間を置いて、テオは続けた。


「悪くないかも」


 ハッチ越しでよく見えなかったが、一瞬彼女が笑ったような気がした。


「フォルティス大尉!! 後方から何か来てます!! 確認を!」


 サイドミラーを注視していたグランが声を張った。

 機関銃の倍率スコープを使わなくとも分かる。山羊の胴体から獅子の頭が伸びた、蛇の尻尾を持つおぞましい混成獣。


 それも1体そこらではない数が、こちらへ走り向かってきたのだ。


「後方よりキマイラ級、多数接近! 速度はこっちを上回っている!!」


 やはり来た、それも70キロは出ている車とドンドン距離を詰めている。非武装の一般車なら抵抗のしようも無いが、こちらは戦闘を想定した軍用車両。

 無力に逃げ惑う羊とは訳が違うのだ。


「速度このままで突っ走れ!! 射撃を開始する!!」


 パパパッと乾いた発砲音と閃光が闇を裂き、雨粒を砕いて弾丸が発射される。形成された弾幕は鉄板すら貫く死のカーテンとなってキマイラ級レクトルの肉を次々にえぐり切った。


「ゴブオアアァァァアァッッ!?」


 足を撃ち抜かれた数体が勢いそのままにバランスを崩し、後続を巻き込みながら転倒。その数を減らした。


 スコープ中央に示された輝点を集団前方に合わせ直し、再びフルオート射撃を展開。排出された空薬莢が車上を叩き、流れるように落ちていく。

 過熱した銃身に当たった雨がジュッと蒸発し始めた。


「魔力が集まってる、反撃が来るわ!!」


 後部座席のテオが途端にアルバレスの肩を叩き、引っ切りなしに叫んだ。スコープで敵を覗くと、血だらけになった山羊の顔にあたる部位が青白い光に包まれている。

 あれはヤバい、本能的に脳が警告を発してきた。


「右にフェイント掛けてから左折だ! そこの交差点曲がれ!!」


「了ッ!!」


 荒れ果てた横断歩道に差し掛かってすぐだった、異形のモンスターは近代的な銃に対して、魔法をもって反撃してきたのだ。


「ゴウアアアァァッッッ!!」


 ロケット砲の統制射撃を思わせるそれは、鮮やかな色彩と弾道を描きながら、ドリフトに近い曲がり方でギリギリ避けた車を掠めて着弾。

 既に半壊していたビルを木っ端みじんに吹き飛ばした。


 あんなデタラメな術に、対戦車兵器並の威力があると思うと心底笑えない。しかも何故テオは攻撃を察知出来た? いや、今はまだ考える時じゃない。


 魔法の再発射までに時間が掛かるのは武器と同様だろう。機関銃の箱型弾倉を装填しレバーを引いた。


「ゴギュオアアッッ!!!」


 砂塵を突き破った敵群はさらにスピードを上げ、距離を縮めている。

 既に300発近く撃った、それでも転ばす以外に頭数を減らせていない。5.56ミリでは威力不足という事を如実に語っていた。


「くそッ!」


 だが撃たなければ殺される。運動エネルギーによる足止めを僅かに期待し、もう一度射撃を開始。

 胴体から上に伸びた山羊部分を集中的に狙うも、怯む様子すら見せずあっという間に接近を許した。


「回避ッ!!」


「ッッ無理です! 間に合いません!!」


 キマイラは飛び掛かるようにジャンプし、右前足を振りかぶった。


「対ショック姿勢!!!」


 かぎ爪が車体を直撃し、視界が一瞬暗くなる。激震に揺られたままスピンを繰り返したのか、車は道路脇の電柱にぶつかり停止した。

 頭がガンガンする......、横転しなかっただけ運が良いと見るべきか。


 ハッチから放り出されないようしがみついていた俺の視界に、ライオンの大口が映る。食うつもりか......でも残念。


 ――お預けだ。


「ピギャッッ!?」


 大牙をもって装甲車ごと俺達を噛み砕こうとしたキマイラは、吹き荒れた黒い暴風によって横合いから殴り飛ばされた。

 彩りを排した軍服は帝国軍を象徴し、車内から流れる通信が救援到着の知らせを告げた。


「遅すぎて食われるところでしたよ、"大隊長"」


「――いやいや、よく持ちこたえてくれたねフォルティス大尉。騎兵隊の到着だ」


 上空から眩し過ぎるサーチライトに照らされた。集まってきたキマイラの狂暴な声も、大気を叩くローター音に掻き消される。


 無骨でスリムな機体を四枚刃のブレードで浮かべ、左右の短翼から機首まで満遍なく武装した対地航空兵器。帝国軍の攻撃ヘリコプターだ。


『こちらデスコール1。目標確認した、これより機銃掃射を開始する。注意せよ』


 俺はハッチから車の中に戻り、ぶつかった衝撃で気を失ったテオに覆いかぶさる。


 数秒経たずして、機首下部に搭載された20ミリ機関砲がけたたましく唸った。

 火花と上腕くらいはあろう大きさの薬莢を撒き散らしながら、3つある砲身を高速回転させ強烈な火力をキマイラ群に投射。


 発砲音、砲身の駆動音が止まった頃には、砕け散った路面と無敵に思えたキマイラの死骸が残るのみだった。

 当然だ、攻撃ヘリの機関砲など手榴弾を直接発射するようなものなのだから。


「いっつつ~......、もーなんなのよ! こんな荒い運転してえ!」


 起き上がったテオが、血気盛んに開口一番で文句を言った。

 なんというか、かなりタフだ。


「えぇっ!? あれでも一応安全は心掛けてたんですから」


 運転をしていたアルバレスが心外だと首を横に振る。


「こら、中尉は最善を尽くしたんだからそう言ってやるな」


 ワンピースを軽くつまんで引っ張りながら諭す。

 彼女は意地悪されたように俺の方へ、その見目よい顔を向けた。


「彼女だね? 廃墟で見つかった身元不明人というのは」


 損傷した装甲車の傍に、1人の帝国軍佐官が立った。

 眼鏡の奥でテオを見つめる彼は、返事を待たずして次の行動に移る。


「君達にはこれより帝国国防省へ向かってもらう、迎えのヘリに乗ろう」


 攻撃ヘリに代わって、太っちょな輸送用ヘリコプターが僅かに残った清楚な路面に着陸した。


※ ※ ※


【多用途機関銃】

圧倒的な弾数でもって敵を制圧し、分隊の支援等を行うが、火力と引き換えに重量がかさむ。


※弾幕は正義!!

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