第10話 攻撃準備


 ――帝都内 第315魔装化機動大隊本部。時刻06:30。


 魔法など空想の産物に過ぎない、そう定説されていたのが2年程前だった。

 だが、突如として我々を襲った神の傀儡くぐつことレクトルは、人類に対し魔法でもって攻撃した。


 その解析は1年掛かりで行われ、有史以来初めてテオドール帝国は魔導という一つのカテゴリへ行き着いたのだ。


 軍事分野における実用化の目処が立ち、得てして試験の必要性が問われた帝国は、『魔導科学』という未知で未成熟の技術を立証する部隊を新たに創設した。


 帝国軍初の魔法と科学を混成した、最初で最後の遊撃大隊――。


「おはよう第315魔装化機動大隊諸君、うららかな朝が体に染みる今日この頃だが、お知らせが2つある」


 壇上に立ったジーク・ラインメタル少佐は、くぐもることなく訓示を述べていく。

 左右には俺とアルバレス、次いでナスタチウム中尉が堂々たる姿勢で部下と正対している。


「昨日確認されたワイバーン級レクトルだが、帝都北西の街、グランソフィア付近で消息を絶ったらしい。我々の任務はこれを速やかに撃滅し、周辺住民に安全を提供せよとのことだ」


 ラインメタル少佐は大隊長として、見回すように各中隊を一瞥した。


 しかし、驚くべきはその人数だろう。第315魔装化機動大隊は、総勢でなんと44名。

 たった10人で1個中隊を成し、4単位編成でもって構成されているのだ。


「領空内で取り逃がした空軍からは、いずれ夕飯でもごちそうになるとしよう。さて、移動手段についてだが今回は列車を使うことになった」


 大隊長は軽く間を置いて続ける。


「かねてより我々の迅速な輸送を担(にな)ってくれている特別航空機動団だが、当該空域の航空優勢こうくうゆうせいに難があることを危惧し、今回は地上移動だ。たまには車窓から流れる風景でも眺めようじゃないか」


 眼鏡の位置を調整し、これもまた一興と言い切るさまは楽しんでいるようにも見える。


「さて、じゃあ次に我々の新たな仕事仲間を紹介しよう。入りたまえ」


 ラインメタル少佐の一声、これ程憂鬱な新人紹介は後にも先にもこの瞬間だけだろう。


 スタスタと軽快な足取りで大隊の前に現れたのは、前開きにした白色基調のカーディガンを翻し、プリーツスカートを纏った見目よい銀髪の少女。


「えーっと、本日付けでこの大隊って......言うんだっけ? に臨時配属になったテオ・エクシリアです。みっ、皆よろしく!」


 キョドりすぎだろこの神、っていうか、そんな「どうしよう」みたいな目でこっち見てもダメだ。

 アルバレスやナスタチウム中尉に至っては、笑いを堪えようと必死である。


「ああ、彼女も我々と同じく『3型魔導戦闘服』の適合者だ。士官学校こそ出ていないが、階級は特務尉官(とくむいかん)となっている。怪しい者ではないから安心したまえ」


 さり気なく完璧なフォローを入れる少佐。

 彼女が神であることを知る人間は、当事者である俺や一部の尉官、(アルバレスにナスタチウム)と将校のみだ。


「そうだったテオ君、出動する前に返すものがある」


 少佐はふと傍に置いてあったケースを開け、大げさに梱包された"指輪"をテオへ渡す。

 よく見るとそれは、昨日出会った時から彼女が付けていたものだ。


 よほど大切だったのか、嬉しそうに飛び跳ねている。

 訓示が終わって、列車に乗った頃合いにでも聞いてみるか――。



「わあぁっ! 見て見てエルドほら、雲の切れ目から光が出てすっごく綺麗!」


 ガタゴトと揺れる車内、一人の少女が俺の横で恥ずかしげもなくキャッキャとはしゃいでいた。


 ――結局タイミングは逃してしまった......、まさか列車程度にここまで興奮するとは。

 テオに聞いた時「車よりこっちの方が楽しい」という、なんとも子供らしさを伴わせた声で言われた時は唖然としたが、好みの感覚も人間のそれに近いのだろう。


「あまりうるさくするなよ、他の隊員も乗ってるんだから迷惑が掛かる。それと、膝で席に乗らない」


「ははは、大尉まるで母親じゃないですか。まだ子供だった頃を思い出しますよ」


 向かいに座ったアルバレス中尉が、珈琲(コーヒー)片手にぷうっと不機嫌に頬を膨らますテオを見ながら笑う。


「中尉もまだまだ子供丸出しですけどね〜、人のこと言えませんよ?」


「あ"ぁ"? でっけえブーメラン飛ばしてんのはテメエだろ引っ込んでろアマ」


 アルバレスの持つ空だった紙コップがグシャリと潰れる。

 強面をものともせず、ナスタチウム中尉は澄ました顔で彼の横に平然と座った。


 頼むから部隊移動中にまでこの流れをやるのは勘弁してくれ。

 まあまあと二人に珈琲コーヒー入りの紙コップを渡し、速やかな事態収束を図(はか)る。

 だが、横に座る神はなんの突拍子もなく言った。


「......エミリアとグランって、恋人同士なの?」


「「「ゴフフォッ!?」」」


 飲みかけていたコップの中身を3人揃って噴き出す。

 いきなり何を口走るんだとばかりに、2人は咳き込みながらも弁明を行い始めた。


「なっ何言ってんねん! こいつと付き合うくらいならミハイル連邦のアカ共と交際したほうがまだマシや!」


「言いやがったなてめえ!! 仮想敵国の連中がマシとは良い度胸だ、表出ろやコラ!」


 まだ口元から珈琲を滴らせながら必死に否定する両中尉。

 その様子に、テオは不思議そうに首を傾げた。


「だって2人共隣同士で座ってるし、喧嘩する程仲がいいって人間の言葉が......」


「「コイツとだけは無い!!」」


 断言までハモっている。

 結局うるさくしてしまったからだろうか、ラインメタル少佐が通路を歩いてこちらへ来てしまった。


「相変わらず仲睦(なかむつ)まじいね、邪魔をしてしまって悪いんだが、君達に話がある」


 言わんこっちゃない、これはお小言の一つでも喰らいそうだ。


「なんでしょうか少佐? あと、コイツと仲睦まじくなんてないです」


 やめろ! これ以上言うな。


「申し訳ありませんラインメタル少佐、俺の方からよく言っておきますので、今回は見逃してやって下さい」


 速攻でやかましくしてしまった謝罪を入れるが、少佐は「いやいや」と手を横に振る。


「直ちに中隊の指揮と"戦闘準備"に移ってほしい、装備一式は最後尾の車両に置いてるのは知ってるね?」


「戦闘準備!? どういうことですか少佐!?」


 思わず声を荒らげてしまった。

 移動情報は軍事機密、敵に漏れるなど考えられない。だとすれば賊の類か?


「とにかく最後尾に部隊を集めよう、僕の勘だと間もなくこの列車は――」


 直後、走行中の車体が大きく左右に揺さぶられた。何かが取り付いたような不気味な振動と軋み。まさか......。


「襲撃されるだろう」


 前方車両から一斉にガラスの破砕音が響く。

 賊なんて優しいものじゃない、移動中の軍隊を襲ったのは紛れもなく悪の権化(ごんげ)。


 神の傀儡くぐつ――――レクトルかッ!!

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