第39話 恨んでいた筈なのに


 目の前の執行者がひどく憎い。

 薄暗く人気も無い地下駐車場で、見た目中学生くらいの少女を見て私は息づいた。


 決闘という名の喧嘩が始まって5分、大尉は駐屯地へひた走り、グランとテオがその行く末を見守っていた。

 分かっている、こんな時代遅れも甚だしいことは許されないと。でも、私にとってはこいつがのうのうと部隊入りしたことの方が許せなかった。


 彼女が襲ったグランソフィアでは、多くの命が散っていった。住んでいた人の生活が奪われた。

 これからの奉仕で挽回なんて、遺族も亡くなった人も報われないじゃない、上はいつだって犠牲を数字でしか見ない。


 あの日の記憶が燃え上がる、焼き払われる街や人。自分を育ててくれた両親の最後。

 こいつは加害者だ、なのに、なのに......!


「なんでやられっぱなしなのよッ!! こないだの威勢はどこへ消えた!?」


 眼前には傷付きよろめく元執行者、奇しくも私の住んでいた秋津の人間と、同じ髪色に瞳を持った少女。

 こいつは1回も反撃はおろか、ガードすらしない。


「今さら被害者面? それで許されるとでも思ってるの」


「許されようなど思っていない。......私はジークから釘を刺されている、それがここに置いてもらえる条件だからな」


 口元の血を拭うベルセリオン。


「あんた、そうやって全部他人のせいにする気? あの侵攻も主とやらに言われたからって。意思も何もないのね......まるであやつり人形じゃない」


「......確かに私はただの人形だ。言われて、与えられて、動かされる。だからこれは、そんな私にできるささやかな抵抗だ」


 その言葉に私は一瞬身構える、が......動かない? でも今抵抗って――――。


「与えられた意思に従えば反撃せねばならない、でも"私の意思"は反対だ! お前の遺恨は受け止めねばならないと思っている。これは主もジークも関係ない、私の意思だ」


「ッ!!」


 ......なによそれ、殴られるのが意思だって言うの? それともこれが――――彼女なりのケジメ。


「お前達に砕かれた信念は、与えられた偽りのものだった......。だから今度は私の意思で、自らが貫ける信念を見つけたいと思ったんだ。そのためにも、エミリア・ナスタチウム中尉との和解は必要だと認識している」


 ベルセリオンはその細身の足でコンクリートを踏みつけ、私に正対した。まるで何発でも来いと言っているように。


「ふざけるな......、そんなので! そんなものでッ!!」


 私は拳を振り上げると、ハンマーのように振り下ろした。テオとグランが、遂に止めようと駆け出したが間に合わないだろう。

 だけど......、私の手は掲げた高さとは反対に、弱々しくベルセリオンの肩に落ちた。


 私の頬に、何か温かい雫が流れる。


「できないわよッ! 無抵抗の相手をこれ以上殴ったら、それこそレクトルと同じじゃない!! バカッ! バカッ! 卑怯者お!!」


 音響する駐車場で一心不乱に叫んだ。泣き崩れる私の頭へ、困惑に満ちた半泣きに近い声が降った。


「なぜお前が泣く......っ、悪いのは、ゔッ、私じゃないのか?」


「そうよっ! あんたが悪いのに、悪い筈なのに......」


 ――――私はもう、この子を憎めなくなっていた。


 その後、私達は戻ってきたフォルティス大尉に連れられ駐屯地へ戻った。

 私は上官一同にこっぴどく怒られ、数日間の基地内雑務が命じられた。


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