第23話 殲滅の序曲


 アスガルの物量を前に、帝国軍は損害を与えつつも市街地へ後退していた。


 旅団は態勢を整えるべく後方にて再展開、その時間稼ぎとして複数の部隊が遅滞戦闘用員として残された。

 中には当然自分の中隊が含まれており、現在ストリートを挟むようにして左右の建物、その2階と3階に俺達は居た。


「おいテオ、その剣もう少し下にさげろ。窓から見えたりしたら一巻の終わりだぞ」


「分かってるわよ、ちょっと待って。っというかなんで私達だけこんな建物の中に篭って待ち伏せてるのよ」


「文句ならラインメタル少佐にでも言ってくれ、『機動防御はウチが得意とするところですから』と旅団長に言ったのはあの人だからな」


 相変わらず少佐の人事はよく分からない。


 何度も思ったことだが、憎むべき神を仕事仲間として戦場に立つなど矛盾もいいところだ。

 あくまで帝国の利害と一致しているからこその関係だが、忌々しい過去の記憶、両親の最期がその度俺の脳をえぐってくるのも不快極まる。


 いや......今はよそう、神に対する憎しみは神へぶつけて解消するにかぎる。引き金を引く指は、今に限ってなら軽い方が良い。


「中隊各位、ストリート前方の曲がり角より敵部隊接近。執行兵10、キマイラ級1だ、合図で撃て」


 敵さんはどうも戦術に疎いらしい、数のゴリ押ししかできない化物だからか、いささか知性に欠ける。

 入り組んだ市街地でクリアリングを密にしないといけないのは分かるが、戦力分散という愚行を犯していた。


 まあ、キマイラを戦車のように運用している辺り、ドクトリンの違いかもしれないが。


「よし、射撃用意――――撃てッ!!」


 そんな彼らを迎え入れるに相応しいは弾丸、けたたましい発砲音が耳をつんざいた瞬間、左右から挟撃するように十字砲火を敵の全身へ浴びせた。


 5.56ミリ高速ライフル弾が雨のように石畳を叩き、文字通りの死を体現する。

 随伴する味方を根こそぎ殲滅されたキマイラ級が、咆哮を上げながら魔法の照準をこちらへ向けた。


「ゴグオアァァッッ!!!!」


 アイツに小銃弾が効かないのは廃墟の追撃戦で知っている、なら、わざわざ弾を浪費する必要も無い。


「今だ!! テオ!」


「了ッ解!!」


 撃ち方やめと並行して彼女に合図、2階の窓から飛び出したテオはネコのようにしなやかな着地を決めると、地面を蹴り一閃、瞬いた剣は魔法ごとキマイラを斬り伏せた。


「細かく当てるより、一気に斬った方が効率的だな」


 上々の戦果に思わず呟く。

 一通り確認してから通りへ降りると、テオがむくろになった敵部隊を見つめていた。


 3メートルはあろうキマイラと、小柄な体躯(たいく)の彼女が対比となり、妙な浮遊感を周囲へ与えている。


「――抵抗でもあるのか?」


 こう見えて彼女も"元は"向こう側の存在、言い知れぬ想いがあったっておかしくはない。

 だがテオは頭(かしら)を横に振ると、その見目よい銀髪をなびかせた。


「大丈夫、これは私の意思で決めたこと。今更後悔なんて無いわ」


 振り向いた彼女はなんとも凛々しく、吸い込まれるような金眼を俺へ向けた。


「そうか、お前がそう思ってるなら余計な世話だった」


 空になった弾倉(マガジン)を交換し、遊底に弾を入れる。

 キンッと無機質な金属音が響いたと同じくして、頭上から獣特有の唸り声が降った。


 背筋に寒気を感じ、反射的に銃口を向けた先には新手のキマイラ級レクトル2体が、屋根上から俺達を凝視していた。


「さっきの1体が出した声で釣られたか......! 総員散開――」


『その必要は無い』


 割って入ったのはもう聞き慣れた上官の、さりとて救済に等しいと思える方からの通信だった。

 合わせて、屋根上にまたがっていたキマイラが脱力でも起こしたように転げ落ちた。


 レクトルに代わって屋根へ立っていたのは、曇天と黒煙を背に見下ろし、不気味なほど瞳を紅く輝かせたジーク・ラインメタル少佐だ。

 315大隊の狂気を具現化したと言って良い雰囲気は、レクトルすらマシと思える恐ろしい何かを感じさせる。


「第1中隊諸君、素晴らしい初動だ。敵状報告と小隊の撃破ご苦労、そんな君達に朗報を持ってきた」


 大隊長が笑う時は、決まって戦火へ突っ込むという時だ。現に、少佐の口角は完全に吊り上がっている。

 戦争好きのろくでなし、不条理すら弄ぶ悪魔は愛用のマグナムを抜きながら高らかに言い放った。


「諸君、殲滅だ! 我が国を脅かす敵を徹底的に粉砕し、この世の地獄はここであると分からせてやろう。帝国軍(われわれ)は浄化への抗戦を貫徹すると!!」


 悪魔は続けた、神すら踏みにじらんとばかりに。


「作戦概要は機動遊撃戦! 火器、及び魔導ブーストの使用は無制限とする! さあ――戦争の時間だ」


※ ※ ※


【ドクトリン】

軍事では戦闘教義、または教義と略されるが、軍隊の持つ性格のようなもの(国によって違う)。


アメリカ=1の敵に10でブン殴るンゴ。

日本(自衛隊)=専守防衛で精鋭主義、洋上阻止か本土決戦。

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