第30話 神装・ムスペルヘイム


 理不尽はこの世のどこにだって溢れている。"何故(なぜ)"という概念は否応にして抽象的で、場をわきまえずに襲ってくるものだ。


 俺もその辺りは常日頃から意識し、腹をくくっているつもりだった。

 しかし、こう目の当たりにしてみると、そんな薄っぺらい覚悟では足りないと自覚させられる......。


「増援の到着は!?」


「およそ600とのこと!!」


 我々は剣林弾雨のような猛撃、いや、炎剣の林に弾雨で応戦していると言えば分かりやすいか。


「『イグニス・フレシェットランス』!」


 無数の槍状に変化した炎が、ショットガンのように放たれ石畳を穿つ。

 ベルセリオンの纏った『神装』とやらは、形勢を完全にひっくり返していた。もはやどんでん返しも良いところ、こちらとしては不愉快極まりない話だ。


「くそっ! こっちの弾は有限だってのに、魔法とやらはお構いなしか!?」


 全くその通りだと叫びたい、アサルトライフルの残弾数もあと30発(弾倉マガジン1個分)。連戦を重ね、ライトマシンガンですら弾切れだ。

 キマイラ迎撃へ向かった少佐達は大丈夫だろうか、いや、まずはこの場をしのがねば。


「33! 掩護しろ! 残りをありったけ食らわせてやれ!!」


 塔の重機関銃に射撃を要請、対物ライフルと同じ弾を使ってるだけあって、長距離からの精密な攻撃が襲いかかる。


「どうだッ......!」


 僅かな期待、だがそれは一瞬で裏切られた。


「はあああッ!!」


 踊っていた炎を収束し、まるで盾のような魔法を構築。さらに言えばそれ自体が丸まっており、戦車の持つ傾斜装甲が如き効果を発揮していた。


「なるほど、そこに居たか」


 徹甲弾を全て弾き切った彼女は、豪炎で巨大な弓矢を生成すると、重機関銃の陣取る塔へ向けた。

 あれはヤバイ! 咄嗟に脳が警告し、行動へ移らせた。


「02から33!! 装備を放棄し直ちに待避しろッ!!」


 通信へ怒鳴るとほぼ同時、広場に熱風が吹き荒れた。


「消し飛べ、『イグニス・ストラトスアロー』!!」


 紅い髪をなびかせ、火の粉を散らしながら撃ち出された矢は戦車砲と見紛う速度で塔を貫くと、勢いそのままに曇天へ突っ込んだ。


 その凄まじさたるやまさに特異、矢を中心にドス黒い雲が吹き飛ばされ、円形の穴がパンチしたようにポッカリと開いたのだ。

 真っ青な空がグランソフィアを見下ろし、台風の目に入ったようだった。


「こっ、こちら33! 直前に飛び降りてギリギリセーフでした......、ご警告に感謝します」


 入ってきた無線はせめてもの救い、だが同僚の無事を喜ぶ暇も俺には無かった。


「大尉! 掩護お願いします!」


「ナスタチウム中尉!? あの戦闘バカ!!」


 着剣したエミリア・ナスタチウム中尉が全速で突っ込み、第2射を放とうとしたベルセリオンの腕を弓ごと蹴り飛ばした。


「これ以上はやらせない!」


「勇敢だな、しかしそれは無謀とも言う」


 一閃、振られた一撃はアルミ合金製ライフルを真っ二つにせしめた。

 すぐさま中尉はサイドアームの9ミリ拳銃を抜き発砲、だが至近距離で放たれたそれすら盾で防がれる。


「テオ!!」


「だあああああああああッ!!!」


 入れ替わりで銀髪を輝かせた少女が、神器グランドクロスを盾の上から叩き込んだ。

 それでも足りないッ、ならするべきは一つ。


「はあああああッ!!!」


 ファイティングナイフを取り出し、俺もテオに続いて波状攻撃を仕掛ける。

 魔力を流し、耐久性の増した刃を打ち込んだ。


「お......のれぇっ!!」


 さりとて十分ではない、形成された炎剣が数十本俺達目掛けて真上から落とされた。


 間一髪で回避するが、要塞を相手にしている気分だ。

 そんな辟易した感情を抱いた瞬間、大気を殴るローター音と共に無骨な兵器は姿を現した。


『こちらワルキューレ3! 機銃掃射を開始する、注意されよ!』


 600秒が経過し、待ち望んでいた攻撃ヘリが到着。

 機首下部のガトリング砲が唸る。空気を裂いて発射された砲弾が、ベルセリオンを消し飛ばしたと思いたかった。


『目標......真下だとッ!? 待避しろ!!』


 砂煙を貫いて飛び出したのは、20ミリ機関砲の制圧射撃を縫って避けた執行者。

 彼女はヘリへ肉薄すると、火炎のほとばしるグランドクロスで叩き殴ったのだ。


「なっ、バカな!?」


 思わず声を荒らげた。

 どこの世界にヘリを剣で殴るヤツがいる!? つくづく常識外れにも程があるぞ!!


『ワルキューレ3被弾したッ! 一時待避する!』


 黒煙を吹きながらも撃墜は免れたヘリが離れていく、状況は絶望的か......。


「愚かなる人類よ、甘んじて浄化を受け入れろ。それが主の意向である」


 紅炎に包まれたベルセリオンは、既に勝ったと考えているらしい。


「断じて拒否させてもらう、人間は意志の生き物だ。自由意志の放棄は死も同然、神だなんだの言う前に自分で行動を起こすさ」


「相も変わらず信心の無いことだ、哀れな意志の奴隷よ」


「ふん、傀儡くぐつよりはマシだ」


 ナイフに魔力を送る。


「総員近接戦闘用意!! 着剣せよ! 第315魔装化機動大隊の底力――見せてやれッ!!」


※ ※ ※


【コンバットナイフ】

普通のナイフとは違い、ダブルエッジ《両刃》の物が多い。銃剣として装着もでき、軍隊での使用を主眼としたものはファイティングナイフとも呼ばれる。

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