〜グランソフィア防衛戦〜

第18話 進攻


 "備えあればうれいなし"という言葉がある。日頃から有事と向き合い、対応と準備を常に意識するのだ。

 つまるところ軍隊とは国家の保険であり、政治的交渉が失敗した時に使う暴力装置だ。


 空軍からの一報は、そんな俺達を動かすに十分な内容であった。


『複数のアンノウンが防空識別圏を突破。迎撃機を振り切り、グランソフィア付近にてレーダーから消失す』


 それが意味するのは、目標が空からいなくなったということ。

 滑走路も無い場所で、時速900キロを超えていた物体が地面へ降り立つなど"普通なら"不可能。

 軍がそれをレクトルと断定するのに、そこまで時間は掛からなかった。


「カイユースよりHQ、北東方面より未確認の高速移動体が接近中。形状から【ドレイク級】と判明、平均移動速度は推定80キロ」


 ゆえに、取られる対応は単純明白。軍組織において最も大切とされるそれ。


「攻撃部隊A出動、街へ接近するドレイク級への排除行動を許可する」


 可及的速やかなる敵の撃滅。

 旅団りょだん司令部の地下にこしらえられたスクリーンでは、"攻撃ヘリ"を示す4つの輝点がグランソフィア駐屯地から離れ、現れたレクトルに対し向かっていく。


 同時に画面が切り替わり、隊長機のガンカメラが映し出された。


「突発的な浸透強襲......、アスガルが遂に動いたかと思ったが、これならば即座に制圧可能だろう。315レーヴァテイン大隊には引き続きの警戒態勢維持をお願いしたい」


 モニターで部下の任務を見守っていた旅団長が、向かいに座ったラインメタル少佐へ話しかける。


「了解しました、しかし敵の意図が読めません。偶発的なものなのか......それとも組織だった行動の一環なのか、不明な点が多いことを留意すべきでしょう」


「貴官の言う通りだ、北方戦線での大規模攻勢も考えられる。警戒監視は密にしておこう」


 この場に居る315大隊のメンツは、指揮官たるラインメタル少佐と、副官の自分。そしてテオの3人。

 招かれざる客の議論を、少佐と旅団長が進めるのをしばらく見ていた彼女が、ふと尋ねる


「あの......、この街の防衛戦力について伺って良いでしょうか?」


 整った顔立ちは、清廉せいれんな雰囲気と同時に、これでもかというほど軍施設に似つかわしくないを印象を与える。

 ただ、旅団長は決して見下さず、真摯に答えてくださった。


「駐屯戦力は1個即応旅団だ。機甲中隊、砲兵大隊、歩兵連隊、高射中隊、混成ヘリ中隊、その他補給部隊から成っている。今出ているヘリ小隊もそれだ」


 モニター越しのガンカメラに映る平原を見ながら、旅団長は続ける。


「名称こそ旅団だが、複数の兵科を合わせた戦闘団のようなものと考えてもらって構わない。少なくとも、数体のドレイク級にやられるものではない。それとも......他に危惧が?」


 画面がサーマルスコープに切り替わり、6つの熱源反応が現れた。


『ヘリ部隊接敵! 攻撃開始まで30秒』


 拡声された通信が司令室内に響き渡る。


「確かにあの程度ならば、先進的な人間の軍隊にはかなわないでしょう。ですが、この間の列車襲撃を覚えていますか?」


「貴官らが受けた奇襲か、もちろん覚えている。たった40人弱で200の敵を屠ったそうじゃないか、私としても頼もしく思うよ」


『アルファ1からアルファ4、各機攻撃を開始! 有線誘導弾、20ミリ機関砲オンライン』


 ディスプレイ上では発射されたミサイルが正確な誘導の下、ドラゴンに類似した異形を爆炎に包み、ガトリング砲が無慈悲に敵を粉砕するゲームのような画面が映され始めた。


 ヤツらの叫びは、ヘリを介してすら俺達に届かない。

 普通ならこれで終わり、しかしテオだけは額に汗を浮かべていた。


「あの奇襲がもし......、さらに大規模かつ戦略的に行われるとしたらどうでしょう。今しがた倒されたドレイクも、先遣小隊とするならその意味を成します」


「つまり、ヤツらはただの陽動に過ぎないと?」


 テオが深く頷く。

 激烈な攻撃を受け、土へ還されたドレイクがモニターを覆った。

 その直後、基地中にけたたましくサイレンが鳴り響いたのだ。


「なんだ!? 状況を報告しろ!!」


 全員が席を立つ。

 通信は基地を駆け巡り、動揺と事実を伝えた。


『南西15キロ地点の平野部にて急激な磁場の乱れが発生! 並行して未確認勢力の出現を確認! これは......師団規模ッ!?』


『方面軍司令部へ報告急げ!! 大至急戦略予備を投入するんだ!!!』


 錯綜する通信、行き交う怒声は奇襲による精神的混乱を如実に表していた。


「総員戦闘配置! 即応旅団の前方展開を急げ!! すまんがラインメタル少佐、貴官の隊には住民の避難誘導を行ってもらいたい。頼めるか?」


「了解しました、直ちに」


 少佐に続いて部屋を出た俺達は、そのまま外へ向かう。

 遂に始まったのだ、神との全面戦争が......!


※ ※ ※


【無反動砲】

発射と同時に反対方向から物体や爆風を飛ばし(これらをカウンターマスとも呼ぶ)反動を軽減する対戦車火器。


テオが後ろに誰も居ないことを確認していたのは、そのカウンターマスが人に当たると非常に危険と教えられていたから。

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