第57話 帰還


「走れ走れ走れッ!! 魔力に頼らずとも、俺達には訓練と実戦で積み重ねた筋肉がある! 親から頂いた体を信じろ!!」


「「「「「イエッサーッ!!」」」」」


 マジックライフルでの攻撃に魔力リソースを割きすぎた我々は、久しく懐かしい肉体一本での全力疾走を行っていた。


「アルバレス中尉!! あとどれくらい持つ!?」


 様々な世界が映る天空回廊を駆け抜けながら、地上で連邦のミサイルを迎撃しているらしい中尉に問う。


『前衛22発を撃墜! ですが既に数発が突破、ユグドラシルへ向かっています!』


「了解、ならその数発で折れないことを祈るとしよう。引き続き頼む!」


『ラジャー』


 魔導砲すら迎撃できるアルバレス中尉でも、さすがに巡航ミサイル群は厳しい。

 息切れを繰り返しながら、大隊は装備を激しく鳴らす。


「アスガルと戦った我々を巡って、地上では人間同士が戦っている。なんとも皮肉なものだ」


 先頭を走る少佐が、メガネの位置を直す。


「全くです、ですが、地上ではヘリが待機しているそうです。我々は少なくとも帝国の人間。ここで潰えるわけには――――」


 覚悟の念を込めた俺の言葉は、しかし突然轟いた"鐘の音"に掻き消された。

 ......まさか。


 空に無数のヒビが入り、蜘蛛の巣のように広がった空間を割って、ニワトリのような化物は血を垂らしながら顔を出したのだ。


「きゅこッ! キュララララララララララアアッッッ!!!」


「なッ!?」


 執行獣ヴィゾーヴニル!! そうだった! ヤツの生命は世界樹とリンクしている。

 ユグドラシルを完全に破壊しない限り、こいつは不死。

 相手にする時間はないと判断したのか、ラインメタル少佐が叫ぶ。


背嚢はいのうを放棄! 銃以外の物は全部捨て置け!! 手榴弾の余りがあるものはただちに投擲!! 総員離脱に徹せよ!!」


「「「「「了解ッ!!」」」」」


 捨てるようにばら撒かれた破砕手榴弾、攻撃手榴弾、閃光手榴弾が、追ってきたヴィゾーヴニルに炸裂。

 激烈な爆発と閃光が真後ろを埋めた。


「クリスタルポータルに飛び込め!! ヤツが立て直す前に早く!」


 ベルセリオンが開いたポータルに、大隊は無我夢中で飛び込んだ。

 ひとまずの安堵、だがすぐさま視界を覆った"闇の世界"は、そんな俺たちを再び走らせる理由足りえた。


「あの......、ここって確か......」


「ああ、滅亡せし世界の住人は、そう簡単に返してくれなさそうだ」


 闇を裂き、赤く不気味に光る目玉が、大量にこちらを指向した。


「くきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃっ!!!」


 ウェポンライトを点け、チャンバーに初弾を押し込む。


「1、3中隊は正面のゾンビ群を蹴散らせ! 2、4中隊は側面援護射撃!! 予備マガジンも使用し、一気に駆け抜けるぞ!!!」


 閃光が瞬く。銃口から咲いた発射炎マズルフラッシュは遺跡を、ゾンビを照らし、射撃音を盛大に響かせながら疾走。


 とにかく急ぐ、サブマシンガンのけたたましい動作音と並行して、撃ち出された大量の弾丸がゾンビを薙ぎ払う。

 防御陣形を維持したまま直進していると、恐れていた知らせが届く。


『こちら大隊本部! 巡航ミサイル5発がユグドラシルに着弾!! 中尉のおかげで支援機は間に合いつつあるが、もう持たんぞ!!』


 あの冷静で評判なオペレーターが声を荒らげるということは、相当切羽しているのだろう。

 連邦は本気で俺たちもろとも消すつもりらしい。


『連邦領内より新手! 第3波と思われる30機以上の戦爆連合編隊を探知! 並びに、国境付近では超大型列車砲も確認された! 砲弾の迎撃はできんぞ! 急げッ!!』


 鳴り叫ぶ通信、波のようなゾンビ群、それらを足して届かない発砲音。

 そして、死の音色が遺跡を叩いた。


――――ゴォーーーーンッ――――


 鐘だった、建造物を突き破ってすぐ背後に現れたのは、執行獣ヴィゾーヴニル。

 不気味な鳴き声が空間を包み、絶望が迎えにきたと察する。


「ここまでかッ......!!」


 大隊にはもはや弾幕を張る残弾も、無理矢理突破する魔力もない。

 俺はナイフを手に、いよいよ白兵戦での突破に移ろうとした時だった。


「くきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!!!」


 ゾンビ群はレーヴァテイン大隊を"無視"すると、その後ろのヴィゾーヴニルへ一斉に群がった。

 どういうことだと問答している時間もない、大隊はガラ空きとなった通路を一気にひた走った。


「まさか......、執行獣に復讐しようと......」


 背後では、押し寄せるゾンビの波に、ヴィゾーヴニルが飲み込まれている。

 元執行者であるベルセリオンも狙われたことから、彼らは俺たちよりも、アスガルを優先したのだろうか。


 しばらくして、暗闇に慣れてしまっていた俺たちの目を、眩い太陽が照らした。遂に外へ出られたのだ。


『感あり! 連邦軍列車砲が砲撃開始! 巡航ミサイル、第3波132発が急速接近中!!』


「よし! 総員ユグドラシルから離れるぞ!」


 見れば、根っこの隙間をランディングゾーンとして、4機の帝国軍汎用ヘリコプターが待機していた。


 レーヴァテイン大隊が各中隊ごとに乗り込むと、ヘリはすぐさま高度を上げた。


『警報!! 巡航ミサイル、列車砲、弾着10秒前!!』


 サイドに開いたドアから、俺はその巨大な木を見る。

 その雄大な情景はこの世のどこにもない、異世界の産物と言える。


『3、2、1......着弾!!!!』


 雨のように降り注ぐ大口径の列車砲弾、一斉に放たれた弓矢の如き巡航ミサイルが、五月雨式さみだれしきにユグドラシルへ突き刺さった。


 ヘリを揺らすほどの大爆発が発生し、カーラグラード中心部は爆炎に覆われる。

 神壁の無くなったユグドラシルは、その巨体から悲鳴のような音を立て、根本から大質量を横たわらせた。


『こちらレーヴァテイン01、世界樹ユグドラシルの苗木の破壊を確認。我が大隊、軽傷者多数なれど死者及び重症者は皆無。これより帝都へと帰還する、オーバー』


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