XXX 底辺だった僕は黒いのに関する聞き込みをします

 あっという間に片付いてしまった。けれど、取り込まれた魂達はもう戻らない。これは偽善だって分かっているけれど、まだ他に方法があったのではないかと思ってしまう。


「さあ姫。邪魔者は居なくなりました。霊魂に関してはとても残念に思いますが、今は罪喰いのところまで急ぎましょうか」


 彼はそう言って僕の手を引く。ああそうだ、僕は〈罪喰い〉をならない。


「って、違います!」


「ん? どうかなさいましたか? 姫」


「い、いえ、なんでもありません……」


 僕は自分の両頬を叩き、気合いを入れる。分からない思考に呑み込まれないように気をしっかり保たないと!




「そう言えば……魔界というのはその……風景は変わらないのですね……」


 暫く歩いて疑問に思った事を口にする。まだ目的の座標まで遠いから、周りを見回して気が付いた事。それは、陽の位置がずっと同じなのだ。更に、陽の光に当たっているというのに、暑さを感じない。


「ええ、此処は全く変化がありません。たとえ建物を造ったとしても、初めからそこにあったと定義しない限り翌日には跡形も無き消え去ります。まぁ、そもそも悪魔は実体を持たないので家は必要ありませんがね」


 変化がない。つまり時間が停滞している……?


「ニンゲンの持つイメージは燃え盛る炎の土地や、凍てつく氷土など、地獄というものに似たように考えているらしいですが、まぁご覧の通り魔界は田舎ですね」


「これが田舎……なのでしょうか?」


 鳥の囀る音の様に聞こえてくる何かの悲鳴や苦痛の声。野生の動物が樹々の葉を退かしながら進む様な巨獣の移動音。空には渡り鳥の様な陣形で飛ぶ夜鬼ナイトゴーン……


「って、な、夜鬼もいるのですか……」


「ええ、彼らは昼間は魔界こちら側、夜は人界あちら側で過ごしていますよ」


 此処には僕がまだ知らない生態の生物がいるのか……


「今は急ぎの用事がありますが、今度はゆっくり回りますか? 姫」


「い、いいのですか!?」


「ええ、勿論」


 やった、知識が増える!

 本当に知識は良いものだよ。あればあるほど困らないし、知らないからそれを探るという過程もたまらない。それに、何かを知るという行為は、僕の劣等感を拭い去ってくれるのだ。だから、調べて身につけることができる知識は大好きだ!


「っと、この辺りです」


 僕は感覚頼りに、罪喰いの近くであろう位置を指定した。そしたら、急に僕の体が浮いた。


「了解しました。では失礼しますね、姫」


 そう言ってバルバトス様は、僕を所謂「お姫様抱っこ」という抱き方で僕を抱えたのである。何回かこうされたが、やっぱり未だに慣れない。


「ちょっ、ば、バルバトス様!? またですか!?」


「ええまたですよ、姫」


 ニッコリと彼は紳士的に笑う。(僕の体が女じゃ無かったら)殴りたい、その笑顔。


「さあ、姫。魔界から脱出しますよっと」


 バルバトス様が跳ぶ。すると、赤々と燃えていた魔界の風景から、たちまち緑覆い茂る森の中の出た。

 ちゃんとした小鳥たちの囀り声、野犬位の大きさと思われる動物が、草花を押しのけて進む音……


「ちゃ、ちゃんと戻ってこれたのですね……」


 もしこれで「残念、まだ魔界でした〜。プフフフフッ、NDKねえ、今どんな気持ち? NDKねえねえ、どんな気持ち?」って言われたら怒り狂ってたね。


「ええ、ちゃんとニンゲンの世界ですよ」


 まあ、バルバトス様なら言わないか。彼は礼儀正しい人だし。


「ならば早速動物達に聞き込みですね。ではバルバトス様の権能、少々お借りします」



 【聞き込みⅠ】角兎つのうさぎ

 ホーンラビットとよく間違えられる角兎に、森について聞いた。すると他の動物からの情報だから、あまり詳しく知らないそうだ。聞いた情報は、人間の、特に男の死体が最近多いらしい。


 【聞き込みⅡ】母熊と仔熊

 何も知らなかった。けれど、仔熊が僕にじゃれて来たので遊んであげた。めっさ、もっふもふだった。

 あと、僕の指をしゃぶる時が可愛かった。


 【聞き込みⅢ】拉致犯の親玉の狼王

 ……まず簡単に言うと拉致された。仔熊と戯れた後、森を歩いて次に出会った動物に声をかけようとした瞬間に事件は起きた。急に狼の大群が押し寄せて来たのである。

 それで、上に乗せられたから降りようとすると阻害され、気が付いたら大きな神々しい狼の前に差し出されていた。


「……嫌な予感しかしません」


『ご苦労だ、諸君』


 大きな狼は、僕を逃さないように取り囲む狼達に労いの言葉を贈る。

 嫌な予感はするけれど、挨拶は大事だろう。とりあえずは自己紹介だ。


「は、初めまして……えっと、私はピュルテと言います。魔女……です。この森には――」

『我が名は狼王ソルデス。小娘、今日からお前は我の妻となってもらう』


「ソル…デス……」


 ソルデス、意味は不浄、不潔だった気がする。自分で考えた……のかな?


『良い名だろう!』


 尻尾を大きく振りながら言うのか。もふもふとして可愛いけど……その態勢だと……うん、見えた。この犬興奮して勃ってやがる。


「それよりも、貴方の妻になるというのはどういう事でしょうか?」


『言葉の意味の通りだ。小娘よ、お前は我が苗床になるに相応しい。故に、特別に我の妻となる事を許してやっているのだ』


 ご、傲慢だ……。そして、名前の通り汚れてやがる……


「因みにそれを辞退するといのは……?」


『許すと思うか?』


 うん分かってた。でも、バルバトス様が近付いているみたいだし、時間を稼ごう。


『では早速頂いただ――』

「私が簡単に股を開くと思いますか?」


『なに?』


 まず一回目、阻止完了。この身体は、あのヒトに一番を捧げる……って、え?

 だめだ、最近僕じゃない誰かの思考が混ざっている気がする。でも、さっさと条件を言わないとまた襲われそうだ。


「私が今から提示するいくつかの条件を呑んで貰えましたら、どうぞこの身体をご堪能下さい」


『ほう……』


 狼王は突然、僕を押し倒す。僕の両肩はそれぞれの前足で強く押さえつけられていて、僕の筋力では抵抗できない。


『小娘風情が調子に乗るな!!!!』


 表情に怒りの色が窺える。狼王と言っても結局は獣か。

 完全に血が通って大きくなったソレは、僕のスカートを捲り上げようとしている。


「……私をただの小娘とお思いのところすみません。私、先程申し上げた通り“魔女”なのですが、この言葉の意味はお分かりでしょうか?」


 色欲の罪印を補助に、魅惑の魔眼を発動する。背に地面が密着していた状態であった為、白い翼が腰から生えて来た感触が脳に伝わる。そして、篩骨辺りから何かが髪の毛を掻き分けながら生えて来た感触もあった。


『なっ!? 小娘――』

「今すぐ私に触れている手を退かしなさい」


 肩に感じた圧迫感が消え、少し楽になる。二回目の阻止完了。さて、森について質問したいところだけれど……周りの狼達が今にも僕を食い殺そうとしているようだ。

 だから僕は、魅惑の魔眼をすぐに解いた。


『――っ!? な、何をした……我に……何を……!!!!』


「先程私が自己紹介した通り、私は“魔女”です。賢い貴方なら……分かりますよね?」


 僕は「魔女」の部分を強く強調して言う。消して騙りではない事は、動物たちなら本能で分かってくれるのを知っている。


「私は今、罪喰いを探しています。この森にいる事は分かりましたが、詳しい位置は知りません。教えてくれますか?」


『クッ……』


 悔しそうな表情を浮かべる狼王。でも、僕は彼の妻になるつもりは無いから容赦はしない。もう少し、時間を稼がないと……


『王国がある方だ。そこに、女みたいな姿をした悍ましい化け物がいた。おそらく其奴だろう』


「それに襲われた人は?」


『ふんっ、誰が教えるもn――っ!?』


 氷のように冷たい、一陣の殺気がこの場を制した。勿論僕もその殺気にあてられて、まともに動けないです。はい。


「おっと、すみません姫。加減を間違えてしまいました」


 聞き慣れた青年の声が背後から聞こえた。

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