Ⅺ 底辺だった僕はママじゃないです

 時は流れて、ムー姉様と会って五日経った。僕は家の庭で合成魔獣を作る準備をしている。名前は思い出せないけれど、(今でも信じられないけど)僕が発狂させてしまった男性が同伴させていた合成魔獣が発端で創りたいと思った。

 そしてその時に高慢姉様に頼んでおいた吸血鬼の血も手に入ったことなので早速創ることにしたのだ。


「えーと、やっぱり核は固形の方がいいですよね……そうなると魔核がいいでしょうし……」


 しかしそこで核の事を忘れていたのだ。あ、そういえばマユルさん最近見ないな。ムー姉様の所へ行った時も家には――。

 突然、玄関の扉がノックされる。しかし、それはあまりにも弱々しい。僕は急いで玄関へ向かって扉を開いた。


「め、めがみさまぁ~~……」


 物凄い腹の虫の鳴き声と共に、一人の聖職者の女性が倒れこんできた。しかも僕の事を女神と呼ぶ。


「め、女神ではありません!! って、マユルさん!?」




 彼女に食糧を与え、とりあえず備蓄が尽きた。泣きたい。

 どうやらあの迷宮では魔物との遭遇率が低く、お腹が減る一方だったらしい。よく出会うのは卑しい人間だけだったとか食事中に愚痴ってた。


「そ、それは大変でしたね……」

「もう本当ですよ!! おいしくもありませんでしたし……」


 ……ん? 今なんて言ったんだこの人。え、おいしくも?

 聞き間違えかもしれない。とりあえず聞き直してみよう。


「……はい? 今なんと……?」

「えっと、だからおいしくないと……はぁ、これならまだ街中で見つけた美味しそうな匂いのしたあの人を食せばよかったのかもしれませんね……」


 おうふ、この人いろいろとヤバいかもしれない。


「あ、ところで女神さま、これはお礼のようなものなのですが、良ければいります?」

「私は女神ではありません!! ……それとお礼は大丈夫ですよ。これは私の意思で行っていることですから」

「それでも受け取ってもらわないと困ります。というか受け取ってもらわないと使い道が無いので困りますし……」


 おっと、なにか押し付けられるようだ。そうそう僕が堕ちる様な事は無いけれど用心せねば……

 マユルさんは僕の目の前に大きな、黒く澱んだ大きな宝石のようなものを置いた。


「魔核ですか!?」


 はい、見事に堕ちました。秒で堕ちましたとも。今ならマユルさんの言うことを聞いたって良い。


「今、私の言うことを聞いてくれるとか思いませんでした?」

「いえ、思ってません」


 心読まれた!? 何この人怖い。

 と、それよりも、だ。マユルさんがテーブルの上に置いたのは、標準サイズ(成人男性の握り拳ぐらいの大きさ)よりも少しばかり大きい魔核だった。しかも蓄積された魔素オドの濃度も澱み具合からして凄く濃いだろう。これは確かに道具として加工するという使い道が出来ない。けれど、吸血鬼の血を使った合成魔獣の素材としては……申し分ないはず。


「ですが……本当に私でいいのですか? その……私よりも遥かに優れた技術者に売るのも良かったでしょうし……」

「……私にそんな人脈があると?」

「……ごめんなさい」


 なんかお互い急に悲しくなったね…………ごめん。


「あ、ありがとうございます。丁度欲しかった物の条件に当てはまるので、有り難く使わせてもらいますね」

「いえいえ、食べられないものでしたので換金と思っても換金出来なかったものですし……申し訳ないです」

「き、気にしないで下さい! その……自覚はしているのですがなかなか直せない癖なので……」

「そうです。ピュルテさん女神様は自虐的過ぎます」


 う゛、痛いところを突かれた。

 いやでも仕方ないじゃん? 前まではずっと底辺だったし、今でもまだ二人しか会ってないけど姉様方は凄く才能あるし……あ、だめだ泣きたい。

 涙をぐっとこらえて僕は魔石を受け取る。


「あ、良ければ見ます……? その……マユルさんから頂いたコレを使って合成魔獣を創ろうと思っていまして……」

「合成魔獣……ですか? 確かイスクゥシェも含む特定の国では合成魔獣を創ることは禁止されていませんでしたっけ?」

「……え、」


 衝撃の事実。で、でも確か本は普通に図書館に置いてあったはずなんだよなぁ……

 もし、禁止されているなら禁書扱いで別の場所に保管されていたはずだし。つまり僕は悪くない。悪くない……そうであって欲しい……


「え、えっと……た、他言無用で……」

「……まぁ、私は命を救われた身ですのでこれから女神さまが行う事には目を瞑りましょう」

「あ、ありがとうございます!!」


 良かった。本当に良かった。でも一つだけ訂正させてほしい。


 ――は女神なんかじゃない!!


 声に出なかった。否、出せなかった。言葉としてそれが口から出なかった。

 出せたのは空気だけ。お義母様が私に掛けたものではないのはすぐに分かった。

 これは……別の何かの、僕に宿っていると思われるモノの仕業だ。


「ピュルテさん、どうかいたしました……?」

「い、いえ、何でもないです……よ」


 僕は、自身に宿るモノに何をされた?

 今までにあったことと言えば、思考が一瞬女寄りになったり、普段はそこまでない母性本能が急に活発になったり、身体を一時的に乗っ取られたり……


 ――そして今日、勢いで出た言葉が出せなかった……


「あら? リリン、如何したのです?」


 突然、保護した合成魔獣が僕に頬ずりしてきた。


「よしよし。そんなに強く甘えなくても、貴女を捨てはしませんよ」


 それでもリリンは僕にのしかかる。どうやらこれから僕が創る魔獣に、僕が奪われてしまうと危惧しているようだ。


「もう、貴女は長女になるだけですよ。仲間外れにはしません。だから、私と一緒に育てましょうね?」


 僕が創る魔獣に付きっ切りになってしまう事が嫌だったらしい。だから、付きっ切りになって、構ってあげられなくなる事は無いと言う考えを伝えると、彼女は安心したのかそのままお昼寝を始めてしまった。

 その様子につい、僕は笑みを零してしまう。


「……ママ」

「……ん? マユルさん何か言いました?」


 気の所為だとは思うけど、僕は一応彼女が発した単語を聞き直す。


「ピュルテママァ〜」


 急に飛びついてきた。本当にこの人聖職者なの??

 とりあえず、彼女が食器の上にいる状態なので魔術でそれらを退かすとして……


「ふぇっ!?」


 …………食器は退かす事はできた。けれど、マユルさんをどうしようか考えているうちに押し倒された。

 背凭れに強くぶつかった背中と、床に打ち付けた後頭部が痛い。因みに椅子は木製、めっさ痛い。

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