Ⅻ 底辺だった僕は今の自分の状態を知りたいです
「あの……」
「………………」
「あの……マユルさん……?」
「………………」
「もしもーし、マユルさーん……?」
「………………」
現在、僕は聖職者に押し倒されています。
「……ママ、良い匂い…………」
マユルさんは僕のお腹あたりに顔を埋めている。正直擽ったい。
「おそらくそれは服を洗った時に着いた、香り付き石鹸の匂いかと……」
「……違うもん。これはピュルテママの匂いだもん」
マユルさん……幼児退行してません?
ちなみにリリンは僕の胸元に頭を載せて僕に甘えている。
そこで玄関の戸が訪問の挨拶と共に叩かれる。声の主はアリサだ。
「リリン。お願いなのですが、お客さんを家に上げてきてくれませんか?」
リリンは良い子で、僕のお願いを快く聞いてくれた。後で沢山かまってあげないとね。
玄関でアリサの驚く声が聞こえたが、おそらくリリンを見て驚いたのだろう。彼女は客間へ逃げ込んできた。
「アリサちゃんいらっしゃい」
「ピュルテちゃん!! 何なのあの生き物は!? ってピュルテちゃん何処!?」
「えっと、私のことは気にしなくてください。アリサちゃんを出迎えたのはリリンって言います」
「……百合のかほり!!」
HAHAHA、ややこしくなりそうだ。
「ママァ~……」
「……まだ言いますか」
「ここか!! ……ピュルテちゃんが押し倒されている……!!」
現場を見られました。
「——というわけで、先ほどは見苦しいものをお見せしてすみませんでした」
マユルさんがやっと離れてくれた。まだお腹あたりに感覚が残ってるんだけど……
因みに現在、僕対マユルさん、アリサという形でテーブルを囲んでいる。
「まったくです。食器はとっさに退けることが出来ましたから良いですけど、私は背中と頭をぶつけましたからね?」
「……はい」
「えっと……ピュルテちゃん、この方は……」
アリサがマユルさんの事を訊いてきた。
「こちらの方はマユル・イーナクさん。神からの啓示を受けて巡礼中だそうです」
「お初お目にかかります、えっと……」
「あ、私はアリサです。ピュルテちゃんの同級生です。よろしくお願いします」
「あ、ありがとうございます。アリサさん。現在はマm――女神様の家に宿泊させていただいております」
「ピュルテちゃん……貴女って魔女じゃなくて女神様だったのね……」
「ち、違います!!」
あれ? 否定できた……?
それよりもマユルさん、さっき『ママ』って言おうとしなかった!?
「そうです。女神様は魔女ですが、慈愛の女神様なのです」
「じ、慈愛なんてものは持っていませんよ。私はただ、放って置けなかっただけですから。それに……神の血を引いてもいないのに神と称されるのは畏れ多いです」
「じゃあ……聖女?」
「いえ、アリサさん。聖処女や聖女とは神に愛された、奇跡を人々に齎す存在の事です。ピュルテママは己がそのような崇高な存在ではないと卑下なされるでしょう。なので私は聖魔女と呼ぶ事を推奨します」
「……マユルさん天才ですか?」
おっと、もうだめだこの二人。というかマユルさんサラッとママって呼んだよね?
「そこまで分かっていてなぜそこに辿り着くのですか!! 私はただの魔女の小娘です!!」
というかアリサは完全に悪ノリだよね?
「はいはーい。ピュルテちゃんはいつもそう言うもんね〜。ところでピュルテママって何? 私、気になるな〜」
おっと、聞かれてたか。アリサはニヤニヤしている……殴りたい、その笑顔。
「アリサさん、よくぞ聞いて下さいました。これはつい先程までの話なのですが、ピュルテさんがリリンちゃんをあやしている時の様子に私が母性を感じたのでそう呼びました」
「へー……」
ニヤニヤしながらこっちを見るんじゃ無い。
「だからと言って急に飛びかかる必要ないじゃ無いですか……」
「だって……急に寂しくなってしまったんですもの……」
「嗚呼、分かります。確かに母性を目の前で感じ取るとなんか還りたくなりますよね〜」
「私には分かりません」
「えぇ〜」
「えぇ〜」じゃ無いよ。そもそも僕は実の母を幼い時から亡くしているし。妹、弟の母は僕を邪魔に思っていたし。お義母様は第二の人生の親だけどちょっと違うし……うん、分からない。
ただ、お義母様は僕の実の母の母をしていたからか、何か後ろめたさを僕に抱えている事は分かっている。
嗚呼、だめだ。ちょっと落ち着かないと。
「あ、そう言えばピュルテちゃん。そろそろ公欠扱い出来ないって先生言ってたわよ」
ああ、だからアリサは今日、僕の家に来たのか。
「あ、はい、分かりました。では明日からまた登校しますね」
「…………ピュルテちゃん、明日は祝日よ?」
「え?」
慌てて壁にかけていた日捲りカレンダーのもとへ駆け寄り、捲る。明日はこの国を救った魔女の誕生日で祝日だった。まぁ、どうせ本物の誕生日じゃなくてでっち上げだろうけれど。
「ピュルテちゃんは勤勉だなぁ〜」
「ち、違うんです! 忘れていただけです!!」
「ウフフ、ピュルテママはおっちょこちょいなのですね」
「マユルさん!? 違いますからね!?」
「そうですよ! ピュルテちゃんったら私の両親が経営する料理店の給餌のアルバイトでよく転ぶんです!」
「あれは違うんです!! ちゃんと安全なのを確認したのに何故か転ぶんです!!」
「それをおっちょこちょいと言うのでは?」
「うぐっ」
そう言われると何も言い返せない。で、でも、前の僕はそんなヘマは無かった筈なんだ!!
「こ、この話はやめましょう。それとアリサちゃんは伝言ありがとうございます。そろそろ日も暮れますし、家に帰ったほうがいいのでは?」
「ん〜? うわっ、もう陽が傾いてきてる!! じゃあまた学園でね〜」
そう言って、彼女は慌ただしく帰っていった。
「良い御友人ですね」
「友人……はい、アリサちゃんは良い友人です。よく私を弄って楽しんでいますが、根本的には暖かい人です」
彼女が帰って、家が少し静かになった。それは寂しさを感じさせるものだが、同時に人の社会の営みである事を教えてくれる。
私はおそらく、この営みを羨ましいと思っているのだろう。けれど、やはり私は己の望むモノを優先してしまう。
はやく。はやく私のもとへ来て……
「◼︎◼︎=◼︎◼︎ー◼︎……私の夫」
「ピュルテさん?」
「は、はい! なんでしょうか?」
「いえ、先程何か呟いていたようなので」
「呟いていた……? すみません、覚えていないです。恐らく無意識に呟いていたのでしょう……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます