XⅥ 底辺だった僕は黒い異形の成熟体を従えました
突然、街を包んだ閃光。勿論、光が収まった頃には大騒ぎになっていた。ただ、僕は現状ではそんな事に構っていられない。だって、〈制裁の雷〉が直撃したはずの〈罪喰い〉が今、起き上がろうとしていたのだもの。
「やはり、この地域全体に被害が出ないように威力を抑えたからでしょうか……」
僕が入ってきた裏路地の方からは、沢山の酒の酔いから覚めた野次馬の声がする。なんだなんだという疑問の声が個々で放たれる為、波打って聞こえる。
「実験段階ですがあれを使うしかありませんね……」
最近作った、右太腿に装着しているタロットカードのカードホルダーから8番を取り出す。8番は力のカード。それに、あの〈罪喰い〉の頰には8を表す記号がある。
「姫、お気をつけ下さい。あの〈罪喰い〉は一番初めに誕生したものです」
バルバトス様が忠告してくれる。その声でわた…僕の意識が好奇心から離れた。
路地裏を覗く野次馬らは僕に逃げろと声をかけているようで、あの落雷が僕が起こしたものだとは思っていないらしい。
「お前達! さっさと離れろ! あれは〈
中年くらいの衛兵が叫ぶ。『〈名状し難き者〉』と言う単語を聞いた野次馬達は一気に血の気を引かせ、一目散にその場から離れて行った。
「これは好都合です……バルバトス様はあのリザードマン擬きの足止めをお願いします」
スッカリ元気になってしまった〈罪喰い〉が、いつのまにか態勢を整えていた。焼き爛れた皮膚は既に元通りになって、尚且つ、背中から生えている植物が大きくなっている。
「
バルバトス様はそう言って、殴りかかって来た〈罪喰い〉に素手で、尚且つ左手のみ対抗しはじめた。
「さて、私も頑張りましょうか」
僕には魔法が十分に扱えるほどの魔力量がない。けれど、魔力を集める方法ならある。
僕は自分に刻んだ魔素変換術式陣を起動させる。大気中に充満する
『汝 力の罪を喰らいし 無 なる者よ
自然と呪文が口からこぼれ僕は驚いた。僕は聞いた事も見た事もない呪文を口ずさんだのだ。その時に現れた小さな魔法陣が、リザードマン擬きの〈罪喰い〉に飛んでいく。そしてその〈罪喰い〉に魔法陣が触れると、バルバトス様に対する〈罪喰い〉の猛攻が一瞬で止んだ。
「と、取り敢えず止められました……」
猛攻が止んだことにより、僕の心には余裕が出来た。
〈罪喰い〉はと言うと、存在が安定し始めたのかは分からないが大人しくなり、僕の方を向いて跪いて忠誠を捧げていた。って、何で⁉︎
「あのっ………いえ、何でもありません。これからよろしくお願いしますね。“クラヒット”」
従属した彼の思念が直接流れ込んで来た。そして名前を知った。彼は沢山の魔女を喰らっていた。
バルバトス様もすっかり回復して、再び野次馬が戻ってくる。クラヒットを見られるのは拙いので、私は彼を8番のタロットカードに収納した。
「さて、すぐにこの場を離れましょう!」
僕たちは、集まってくる野次馬の反対側にある暗闇に走り去った。
朝、だいたい陽が地平線から顔を出し始めた頃、今日のお弁当を作っていたら新聞が届いた。一応この国の情報が欲しいので、時間を作って新聞を頼むことにしたのだ。そして、ある程度仕込みなどを終えた後、家の新聞受けから新聞を引き抜き、ダイニングの椅子に腰掛けて新聞を広げる。
その新聞には大きな見出しでこう書かれていた。
『謎の美青年と美少女、〈
「っ!? ケホッ…ケホッ……」
僕は思わず口に含んでいたコーヒーを吹き出し、咳き込んでしまった。
「如何なさいました? 姫」
「い、いえ、何も――」
誤魔化そうと思ったが、すぐに新聞の内容を読まれる。
「えー‘『謎の美青年と美少女、〈名状し難き者No.1〉を倒す!』
昨晩、アガラ繁華街の裏路地にて〈名状し難き者〉が出現。そこに駆けつけた衛兵からの情報を元に資料を探したところ、外見情報が〈名状し難き者〉の一番はじめに発見されたものと酷似しているそうだ。そこにたまたま居合わせたと思われる、美青年と美少女の2人組が……’っと、これは昨晩の私たちの事ですね」
バルバトス様はニコッと笑顔を浮かべ、嬉しそうに言う。
「流石ですね、姫。その麗しい容姿は我ら悪魔をも魅了し、持つ力は異質が故に強力だ。貴女様は自身の魔力量が少ないと思っておりましょうが、それは今まであまり使われていなかっただけでございます。その内、姫が自身で開発なされた魔術によって、無尽蔵に魔法が撃てることは間違いないでしょう。さすれば、全ての悪魔や〈罪喰い〉を従えるのは用意でしょう!」
バルバトス様は意味のわからないことを言う。僕の魔力量は元から少ないはずだ。だからまともに魔法が使えない。だから底辺だと言われ続けていた。
「そもそも! 私はそんなに美しくありません! 悪魔を魅了するなんて出来ませんよ!」
朝食を運びながら、反論する。
「いえいえ、そんな訳ないでしょう。あ、私の知人に占いが得意な悪魔がいるので今度呼びましょうか?」
「結構です!」
僕は焼きたてのパンに、バターを塗り、黒砂糖を軽くまぶした物を一口に千切って口に運ぶ。
「それよりも朝食にしましょうバルバトス様。焼きたての方が美味しいですよ」
下に敷かれたベーコンに乗る目玉焼きも丁度いい塩加減が効いて美味しい。油をベーコンから出てくる脂で代用して正解だった。
「おお! これは誠に美味でございますね……やはり食事というものは良い。それに華がある事も実に良い。私は実に良い主人を得た」
華の部分は気にしない。気にしてはいけない気がした。
「それよりも早く食べ終えましょうバルバトス様。今日も授業があるので」
「ええ、そうですね。それに、今日もたくさん学べる事でしょう」
「――っ!!!!」
思わずバルバトス様の笑顔でドキッとときめいてしまった。
「大丈夫ですか? 姫」
「だ、大丈夫です」
僕はバルバトス様から目を逸らし、再び新聞を読みはじめた。
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