XⅨ 底辺だった僕は夢を見ました
夢を見た。
それは人ならざる何かの姿。
悍ましくも神々しく、とても魅力的な愛しの男神。
僕の視点はその男神の妻にあたる女神だった。
彼女自身も形容し難い姿ではあるが、それが当たり前であるような感覚がある。
会話の内容は知らない言語で分からないが、男神は三つの目で何かを記録している。それが彼の仕事なのだろう。その仕事中の彼を邪魔するように甘えいる僕の視点の女神。彼女はなかなか構ってもらえず、少ししてから男神から離れた。
男神から離れた女神はその後、自身の子と何度か性を交えたり色々とツッコミを入れたくなる情景が続いた。
そして彼女の視点が急に閉ざされ、その時と同時に僕は目が覚めた。
【Stage1:浸蝕】
今日もバルバトス様は居ない。独りで朝食を摂りながら新聞を読む。しかし、今朝見た夢の印象が強すぎて、新聞の内容が頭の中に入らない。
と、ふと今朝の夢から魔女の事について考える内容を変えた瞬間思い出した。
「あれ? どうして魔女とあの時バレたの……?」
新聞の大見出しで魔女の少女と書かれた新聞。僕は自身の右手の甲を見ると、隠蔽していたはずの〈
「道理で登校中によく視線を感じる訳ですね……」
この国では魔女は優遇されているが、別に割引とかは無い。けれど、ほとんどの人が魔女に対して畏敬に念を抱いているようだ。
「まあ、今はそれよりも……」
結局、今朝の夢と昨日の声が気に掛かってしまう。しかし、もう時間のようだ。
「さて、そろそろ家を出ないと」
支度を終えた鞄を肩に提げて家を出る。今日の講義はどんな魅力的な物なのか。期待を膨らませて目的地まで歩き始めた。
―やっと見つけた。彼女は目を離せば何をしでかすか分からない。さっきまで子供達と楽しんんでいたようだが……。やはり、人に化けた所為でほとんどの記憶が失われているようだ。しかし……今回は融合してしまったのか。それが原因でまだ目が覚めていないのだろう。ただ、浸蝕は第1段階まで終わったようだ。
あの時見つけて、咄嗟に声に出してしまったが、それが功を奏したらしい。だが、このまま接触するのはまだ早いようだ。もう少し、確定した未来が見えるまで仕事をしながら様子を見るか…… ―
「これで六〇九体目……っと」
青年は、突き刺した左腕を肉塊から引き抜く。消耗した分のエネルギーを補充する為、主人に暇を貰った彼は、独りで悪魔を狩っていた。
「な……ぜ…………」
「何故同胞なのにこんな事をするのかって? すみませんね。生憎、私は生物を殺す事を躊躇ってしまうので」
冷めた笑顔で青年は言う。
流石、序列八位の力は伊達では無い。バルバトスが名無しの悪魔達を単独で殲滅する事は容易にできてしまう。
彼等はバルバトスと出会った時にはもう、為す術も無く消えるしか道は残されていないのだ。
「だから私は愚か者なのでしょうね……」
塵となって消える同胞達の餌を見送りながら、青年は空を見る。
絳く染まる地の果ての空。人々が生きる世界と重なる数多の世界の内の一つ。決して沈む事のない呪われた太陽の光を、一つの捕食者が独りで浴びる。
「さて、そろそろあの御方の下へ戻るとしましょうか」
あの惚れ薬の件からは何も変化は無い。流石は神官長の次男様だと思う。ただ、講義は真面目に出た方がいいと思うなぁ……
「あ、そろそろバルバトス様が来そうですね」
僕は感覚を頼りにバルバトス様が来る時間を計算する。普通は契約者が呼ばない限り、悪魔などの契約を交わした相手は現界出来ないはずなのに、バルバトス様は勝手に出てきてしまう。それが分かっているから街の人に見られる前に家に帰らなければならない。だってあの時以上に目立ちたく無いからね!
「よし、このペースなら間にあっ! ご、ごめんなさい!」
走り始めて、少ししたら誰かにぶつかってしまった。完全に油断していた。
「ってぇな……」
あ、終わった。僕がぶつかった相手は人相の悪い男だった。その男は髪が少し長く、目の下に目立つ隈がある。髭は黒ぽくて少し長い。が、パッと見て放浪している人だろう。
けれど、男は痛いと反応した後に脱力し、前のめりに倒れてしまった。
「あ、あれ……? って、大丈夫ですか!?」
僕を避けながら倒れた男に駆け寄るが、反応は無い。けれど、息はしているようなので少し安心した。
「えっと……く、クラヒット」
取り敢えず八番のカードを使って召喚する。僕は黒いリザードマン擬きの姿で出てくるかと思ったら、縫いぐるみのような小さな姿で現れた。可愛い。
「この男性を運んでくれますか?」
僕はクラヒットにそう頼むと、彼はその場で喜びながら男を持ち上げた。
「あ、頭があまり揺れないようにして下さいね」
心配なのでそう言ったら、共生していると思われる植物の様な触手でクラヒットは男を支えた。男は完全に持ち上げられている。
「さ、さあ急ぎましょう!」
そして僕はなんとかバルバトス様が来るまでに家に着くことができた。
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