XX 底辺だった僕は男性を介抱しました

 取り敢えず男性はベッドの上に寝かせた。ただ、その前に濡らしたタオルで男性を丁寧に拭き、髪の毛も洗った。一応買っておいたバルバトス様の寝間着のうちの一着に着替えさせた。勿論、僕は非力だからクラヒットを頼らせてもらったよ。

 そして現在は、男性の食事と同時に夕食を作っているところだ。


「取り敢えず今は消化にいいものの方が良いでしょうね……」


 さっき男性を着替えさせていた時に気が付いたが、彼は数日間はまともな食事をしていなさそうだった。それに、身体の汗や汚れを拭く時に見てしまったが、獣の爪で引っ掻かれた跡がいくつかあった。ただ、どれも最近のものではないので治すことは出来なかった。


「これで良しっと」


 お義母様の所でいくつかレシピ本を取りに戻った時、お義母様からちょっと足留めを食らったけど無事に戻ってこれた。火を止めた後にそのレシピ本を片付け、お粥と言う料理を盆に乗せて男性が寝ている部屋へ運ぶ。

 そして部屋の前に着いた僕は、ノックをして男性が起きたか確認する。……反応は無いようなのでまだ寝ているのだろう。

 しかし、扉越しに起き上がる時の布が擦れる音が聞こえた。だから僕は、自分の寝室の扉を開けた。


「あの……お身体の具合はどう――」

「天使か……」


 ……え?






 時間は少し遡る。男は空腹に悩まされていた。


「あー……腹減ったー……」


 何日も食糧と路銀が尽きた状態で彷徨い歩いていた男はもう限界だった。気をしっかり保たないと、飢えで倒れてしまう。そんな状態で屋台の料理の香りに釣られながら歩いていると、正面から衝撃が伝わった。


「ってなぁ……」


 霞む視界の所為で睨め付けてしまったが、もう耐えられなくなった。かろうじて、ぶつかって来た黒髪の少女を避けながら前屈みに倒れたが、視界は直ぐに暗転し、意識も直ぐに跡を追って落ちた。



 汗や汚れが落ちた様な軽い感覚がして、男の意識は水面に近付く。そこに、嗅覚と空腹を刺激する香りが漂い、軽い足音と共に彼のもとへ近づいている様に思える。

 ノック音が三回部屋に響いた。その音で男の意識が完全に覚醒する。


――此処は……


布と布が擦れ合う音を聞きながら男は起き上がる。そこで扉が開いた。

 開かれた扉から少女が入ってくる。長い、腰までの黒い髪。あまり外には出ていない様な色白い肌。少し小柄だが、侍女服の様な衣装でしっかりとした性格の印象を受ける佇まい。

 そして盆で運ばれて来た湯気が立ち昇る粥。


「天使か……」


 男の口から溢れ出た感想。少女は何か言っていた気がしたが、男の口から出た言葉に一瞬、固まってしまった。









 え……?

 てんし?

 そ、それよりも!


「あ、あの! お身体の調子はどうですか?」


 もう一度男性の身体の調子を確認する。その時、男性のお腹が鳴いた。男性は慌てて自身のお腹を抑えた。ただその様子が、僕がぶつかってしまった時の反応との差が激しくてつい笑ってしまった。


「す、すみま…せん……」

「いえいえ、私こそごめんなさい」


 男性は恥ずかしそうに謝るが、僕の方が失礼だから僕も謝った。そして、男性の隣の椅子に腰を下ろす。


「まだお身体には力は入り……ませんよね。数日も何も口にしていないようですし、疲労も抜けきれていないようですね」


 パッと見て診断する。腕の筋肉も無理に動かさせてはいけなさそうだ。


「無理に動かさない方がいいと思うのではい、口を開けてください」


 お粥をスプーンで掬い、男性の口元に運ぶ。しかし、彼は慌てた様子で言った。


「じ、自分で食べられる! だ、だから……!」


 顔を赤くして拒む男性。うーむ、困った……

 仕方ないからあれを使おう。


「15番、正位置」

「っ!?」


 典型的な山羊のような頭の悪魔のタロットカードが、僕の左太腿のカードホルダーから飛び出す。そして男性に触れると、彼の身体は革ベルトで拘束されたように動けなくなった。その現象に驚いた男性を無視して僕はお粥を彼の口に運ぶ。


「今は無理に身体を動かしてはいけません。なので大人しく食べさせられて下さい」


 それでも拒否をしようとしていたので、無理矢理口の中に押し込んだ。

 男性の顔は少し赤くなるが、口の中が空になる度にお粥を運ぶ。勿論休ませる時はちゃんと休ませた。

 お粥が全部無くなったのを確認したら、僕は男性の拘束を解いた。


「俺……もう死んでも良い……」


 拘束したことについて謝ろうとしたら、男性がそう口ずさんだから止めた。


「あ、あの、死んじゃダメですよ? それと、さっきは何故……その……」


 何と言えば良いのか分からない。どうして放浪していたのか持ち物を確認した時は少し驚いた。浮浪者かと思っていたのだが、そうではないらしい。持ち物を確認した時に男性の身分証明書のカードがあった。名前はカシウス。家名は無い。

 しばらくして、男はハッと我に帰ると、自分の名前を名乗った。


「じ、自分はカシウスだ、です。あ、貴女のおお名前は?」


「え、あ、ピュルテ……です」


「素敵な名だ……。あ、じ、自分、魔女ハンターをしています!」


 ……終わった。

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