Ⅶ 底辺だった僕は自分が何者か分かりません

 一通りの町案内が終わった。だから、試しに人通りの少ない袋小路へバレないように誘導してみる。


「……あら?」


 そして袋小路へと辿り着いた。


「すみません。道を間違えてしまったようです」


 振り返り、彼、イェート・ルクスリアの顔を見る。その表情は焦りから来る困惑と人気のない袋小路に入った事への好機。


「ところでルクスリア様……私に何をしていらっしゃるのです?」


「ッ!?」


 軽く微笑みながら問いかける。

 彼の表情は一瞬で焦りに支配されてしまった。


 ――嗚呼……可愛らしい……


 って、僕は今何て?

 い、いや、気の所為か。気の所為……気の所為……


「な、何の事か――」

「魅了はですね……こうするのですよ?」

「ッ!?」


 魔術を展開し、彼に向かって発動する。

 効果はすぐに現れ、彼は動けなくなった。一応、術式を少し弄っているので、本当に魅了したわけじゃないけど。


「生憎私は魔法は扱えませんが、魔術は扱えます。今あなたに掛けたものは魅了の魔術を模倣した何かですが……どうです? 喉が暑いでしょう? 視界がぼやけているでしょう?」


「フォル……さん……?」


「さて……と。まずはその皮……剥ぎましょうか」

「そ、それはやめてくれ!!」


 先程までの紳士的な言葉遣いは何処かへ行き、荒々しく彼は抵抗する。しかし、もう魔術式は組み上がった。理論は完成してたけれど、試したことがなかったんだ。だから……貴方はその実験台だ。


「では、元のお姿に戻しましょう」

「ヤメロオオオオオオ!!!!」


 展開した魔法陣からフラッシュが焚かれる。その一瞬だけで彼の容姿はみるみる醜くなって行く。綺麗なブロンドはボサボサな焦茶色に変わり、整えられていた顔はニキビだらけでガリガリと細くなる。目元の隈はおそらく寝不足からのものだろう。唇も燥いており、肌荒れも酷い。


「姿を偽らなければならない程自身が醜いことは分かっていたようですね」


「あ、あ……あぁああ……あ……」


 魅了の魔法擬きを解除しても彼は動かない。ほぼ放心状態で、それ程元の自身の容姿が気に入らなかったのだろう。


「……さて」


 依頼書を取り出し依頼内容を再確認する。接触ともし連続失踪の犯人だったら捕縛……良し。


「後は引き渡すだけですね」


「……ろす」


 何か聞こえた。


「……ろす」


 もう一度何か聞こえた。今度は耳を良くすます。


「……殺す」


「ッ!? 15番、正位置!!」


「僕の可愛いレディ達!」

「しまっ!!!!」


 その場からすぐに離れたが、左腕を斬り落とされた。しかし、不思議なことに左腕の切断面辺りの袖は破れていなかった。

 そんな事よりも、切断面が熱い。火傷の比にならないほど熱い……?

 先ほどの痛みが嘘の様に引いている。その不思議な現象が起きたと同時に彼は急に叫び出した。


「ま、ままま魔族!? 何故魔族が此処に!?」


 私が魔族……?

 失礼な。魔女は魔族にも人間にも属さない中立だ。たしかに魔族である悪魔を身を宿らせているけれど……

 しかし、それを否定しようとした僕の口は何故勝手に動き、思ってもいない事を言い放った。


「魔族……? 私はそんな可愛らしい種族ではありませんわ。失礼な御方……」


 ――違う! そう言いたいんじゃない!!


 彼の瞳には僕の姿が映っていた。山羊の角を生やし、色欲に満ちた金色の山羊の瞳。ソレは口を三日月の様に端を吊りあがらせた笑みを浮かべている。

 自分でも「誰?」っと思ってしまうほど悍ましい。


「コレは……貴方の愛玩動物かしら? ちゃんと躾をしなきゃダメ……でしょう?」


 妖艶よりも遥かに歪んでいる。コレは狂気。狂気だ!

 僕の身体を操るソレはルクスリアの合成魔獣を優しく抱き寄せる。そして、我が仔の様に優しく宥めるのだ。


「よしよし……良い仔ね……」


 合成魔獣の敵意は徐々に減衰。終いにはソレに懐いてしまった。


「辛かったでしょう? でも大丈夫よ。そんな姿になっても貴女達は美しわ」


 母だ。そう思わせるほど様になっている。


「さてと……」


 何かが切断された僕の腕を運んでくる。何かはとても黒く、山羊の鳴き声が微かに聞こえる謎の液状の何か……って結局何なのかは分からない。と言うより、どう形容すれば良いのか分からない。

 まぁ、その何かが運んできた僕の左腕をソレは掴み、切断面と切断面を合わせた。その過程は気持ち悪いもので、僕の腕の切断面ともう一つの切断面からお互いに黒い影の様な触手が伸びてきた。その触手は絡み合いながらも切断面と切断面を合わせようと引き寄せ合うのだ。


「んっ……んっ……」


 色っぽい声が出る。しかしソレは仕方のない事なんだ。切断面から生えてきた触手みたいなものが絡み合ったかと思えば、溶け合ったりして……変な感じだったんだ。喉も少し熱くて痒くなったし……


「有り難う。私の可愛い仔供達……」


 ソレは山羊の鳴き声が聞こえる黒い液状の何かを治した左腕の手で撫でる。そしてイェート・ルクスリアの方を向いた。

 彼は完全に発狂している。股の部分は濡れ、目は焦点が定まっていない。口からは涎を垂らし、それでも「ウケケ、ウケケ」と笑っている。


「そう言えば貴方……私に魅了をずっと掛けていたわね……そんなに欲しかったの?」


 問い掛けに彼はまともに答えられない。


「ウケケ……ウケケケケ……」


「あらあら、ちゃんと言葉にしないと分からないわ?」


 影が彼に這い寄る。

 山羊の鳴き声が再び聞こえてくる。

 もう嫌だ。もう、自分の身体を操る何かが見せるこの光景を見たくない。この光景を見ていると、僕が僕じゃなくなりそうなんだ!!


「……っと、殺しては駄目だったわね。こーら、戻って来なさい。私の可愛い仔供達」


 彼に伸びた影はソレのもとに帰ってくる。優しく僕の身体で影に語りかけるソレは、僕の耳元で急に囁いた。


「コレが私でありアナタなの。今回は私が主導権を握ってしまったけれど大丈夫。アナタと私は次期に、原型も留めずに――」



  『―――混ざり合うのだから―――』



 その言葉を聞いて僕の背筋は凍った。けれどその後、直ぐに意識がプツリと途切れた。

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