Ⅷ 底辺だった僕は投獄されている魔女に会いに行くことになりました

 気が付くと僕はおじ様な衛兵に起こされる所だった。日はすっかり落ち、流石の袋小路でも遠くの家から溢れる部屋の明かり少し明るくしている。


 ――ああ……綺麗な満月……


 それでもこの袋小路が明るかった理由はそれなのだろう。


「お、気が付いたか。お嬢さん意識は大丈夫かい? それと、ここで何があったか覚えているかい?」


「覚えて……いる事……」


 僕が起き上がろうとすると、顔を覗き込でいた衛兵は僕から少し離れる。

 頭が少し痛い。それに冷や汗で衣服が少し湿っている気がする。身体の方は、表面は生温かいのに四肢を足裏や掌、指の隙間、爪から冷たい何かが突き刺さっている感覚。恐らく冷や汗と原因は同じだろう。

 動悸もまだ早い。


「イェート……ルクスリアを捕縛しませんと……」


「お嬢ちゃん!?」


 ふらつきながら立ち上がる僕を衛兵は慌てて支える。ああ、力がうまく入らない。


「ありがとう……ございます」


 15番のカードはまだ彼を拘束していた。僕はそのカードを回収する。そして別のカードを呼んだ。


「20番、逆位置」


 発狂により知能の欠片も見せない笑い方をしていた彼。その不気味な笑い声は止み、彼はそのまま倒れ込んだ。


「もう立つのはやめなさい。家に送――」

「いえ、その必要はありません」


 知っている人の声。あ、人は誤りだった。この声の主は私と契約した魔神だ。


「私の主人あるじを支えていただき、ありがとうございます」


「ああ、従者の方でしたか。良かった良かった。しかし、もう目を離してはいけませんよ?」


「はい、今後は気を付けます。さぁ、帰りましょうか、姫」


 そう言ってバルバトス様は僕は抱き抱える。でも、彼を高慢姉様に届けないと。


「あの、先に彼を高慢姉様の所に……」


「……分かりました」


 彼は少し嫌そうな顔をすると、渋々と眷属らしき悪魔を呼んでイェート・ルクスリアを運ばせた。







「……成る程ね〜。で、行方不明の女性たちが……あら、好かれちゃったのね」


 行方不明の女性たち。それはイェート・ルクスリアが従えていた合成魔獣だった。もう、元に戻すことはできない。けれど、何故か僕は好かれてしまった。

 だから、バルバトス様にお姫様抱っこされている状態でも頬ずりしてきている。というか恥ずかしいからもう降ろして。


「はい……」


 見た目はドロドロとした触手で構成された何かなのだが、肌触りはとても滑らかだ。でもなんかその姿は可哀想だし何か合成して姿を変えよう。

 ……でも、そのままでも僕は好きかもしれない。だって可愛いし。


「それで報酬のアレは――」

「お姉さん頑張ったわよ!! でも割に合わなかったから明日は一日中私のメイドになりなさい!!!!」


 うわぁ涙目。しかも欲望が思いっきり口から出てるし。

 よく見れば、髪の毛先が少し焦げてる。結構壮絶な戦いだったんだろうなぁ……他人事だけど。


「……分かりました。お姉様は頑張ったようですし、それぐらいはしましょう」


 この一言、後に後悔することも知らずに言った。具体的には淹れた紅茶をぶちまけたり、掃除中に水の入ったバケツを勢い良くひっくり返して四回も着替え直したり……

 そんな未来が待っていることも知らずに言ってしまった。実に阿保である。アリサちゃんのお店の手伝いで何を学んだのだろうか。


「それで、イェート・ルクスリアの処遇はどうなりますか?」


「彼? 多分幽世かくりよ送りじゃないかしら?」


「かくりよ……?」


「あ、ピュルテちゃんはまだ知らなかったっけ? 幽世はねぇ……」


 ―幽世――

 魔素は存在するはずなのに魔法も魔術も発動出来ない地下空間。また、神法も神術も使う事ができない。魔法都市イスクゥシェはこの地下空間の上にある。

 その空間では稀に、魔界にも存在しない生命体が現れたり、死んだはずの人間の声が聞こえてくる。

 故にあの世、異世界などに繋がる道として考えられている空間である。

 現在はその空間の一部を使って牢獄代わりにしている。


「そ、そんな場所が……」


 そんな場所に送られたら僕は絶対に脱獄できないじゃん。

 脱獄前提……?

 ソンナノキノセイダヨ。


「まぁ、私の妹が一回そこを脱獄してるんだけどね」


「ええぇっ!?」


 高慢姉様の妹って事は母を除く残りの六人の誰かが!?


「え、えっと、脱獄した後は……」


「勿論、また投獄されたわ。今はそこが居心地が出るつもりはないって。あ、そうだ、来週そこに用事があるから貴女も一緒に行きましょうか」


 どうやら行く事は確定事項らしい。でも、興味あるし良い……かな?



 という事で来週末に幽世へ行く事が決まりました、まる。








 ♊︎




 骨を噛み砕く音。それが迷宮内に木霊する。

 迷宮には名前は無い。けれど、魔法都市イスクゥシェの土地にあるので、イスクゥシェの所有物である。

 そんな迷宮では、何故か魔物や宝物ほうもつが湧く。

 本来なら封鎖すべきなのだが、していない。理由は溢れてしまうから。過去に一度、立ち入りを禁じていた時期がある。しかし、封鎖して二年、際限なく湧く魔物と宝物がこの迷宮から溢れ出た。その影響で、近郊の家々が破壊され、死者は五〇〇〇。

 復興の為の資金は溢れ出た宝物である程度は賄えた。しかし、迷宮から溢れ出たもう一つのモノ、魔物の対応に時間がかかる。死者の殆どがこの迷宮から溢れ出た魔物。それを今の状態まで約五十年。

 魔女達の活躍はその頃だったらしい。

 さて、この迷宮の説明はここまでにしよう。起源など分かっていないこの迷宮について語る事はない。むしろ、今は彼女に注目するべきだ。


「はむはむ……っん。……熟成しきってない」


 血に塗れた聖職者。食しているのは何かの腕。その腕は体毛は少ない。彼女が所持しているランタンの明かりでは人間特有の肌色しか分からない。

 少しガッカリしながらも、彼女はその骨肉を平らげた。


「やはり、あの時の殿方の方がもっと美味しそうな香りがしたわぁ……ま、仕方ありませんね」


 命を奪ってしまったからには最後まで大切に食さねばならない。それが彼女、マユル・イーナクのモットーである。

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