XXXⅢ 底辺だった僕は恋のキューピットになってみました
「契約……ねぇ……」
彼女は顎に手を当てて少し考える。そして、暫く考えた後に一つ質問を問いかけてきた。
「契約をしたらどうなるのかしら?」
「え、えっと、その……〈罪喰い〉としての本能を制御することができます。実はクラヒットも元々人を襲っていた所で契約したのですが、そうしたら人を襲う事が無くなりました」
「それってつまり、貴女と契約する事で私は人を襲わなくて済むの? 本当に? 嘘じゃ無いわよね?」
そ、そんなに結ばれたいのか……
「え、ええ……本当ですよ」
でもまぁ……話した限りでは悪い感じはしない。それに、あの時の悪寒は無くなった。だから……今ならいける。
「なら、お願いするわ」
「分かりました。では早速契約を交わしましょう」
許可は得た。ならば問題なく契約が出来る。
感覚的にわかることだが、契約は結構難易度が高い。けれど、それは相手が抵抗する意思がある場合のみ。クラヒットは結構弱ったところで使ったから契約できたけれど、もし彼がそれでも抵抗する意思があったら僕は頭を潰されていたと思う。
っと、忘れてた。僕は十三番のタロットカードを取り出す。そして、そのカードに刻んだ術式に
『願え 死を司る者 我は汝を
「……そういう仕組みなのね。分かったわ。その契約、死を司る者として“承認しましょう”」
カード越しに何か繋がった気がした。そう言えばクラヒットの時も似たような事があった気がする。
「名をラ・ムエルテ。貴女を主人と認め、この身、この力を貴女に捧げましょう」
彼女はその場で名乗りながら僕に跪く。この台詞もクラヒットも言っていたなぁ……喋っていなかったけれど。
と、そこにバルバトス様が彼女に近付き、耳元で何か言った。
「主人様……いえ、今後は姫とお呼びしますね。私のことはムエルテとお呼び下さい。それと、先程の無礼をお許しを頂けませんか?」
「っ!? ば、バルバトス様!? 最近は否定していませんでしたが、私は姫じゃないですからね!?」
僕はバルバトス様に怒鳴りつけたが、彼は澄ました笑顔でこちらを見ている。
……殴りたい。
「え、えっと、無礼も何もあれは仕方のないことだと思いますよ? だから、その……気にしなくて大丈夫です。それと、姫って呼ばなくてもいいのですよ……?」
「いえ、これは私の一種のけじめです。これは譲れません」
バルバトス様は彼女に一体何を吹き込んだんだ!!
「え、えっと……わ、分かりましたから! だからその様な目で見ないで下さい!」
彼女の眼差しは、王族に対して向ける様な崇拝的なものだった。
と、ここでムエルテはカトラスさんが目を覚ました事に気が付いた。だからなのか、僕を盾にして彼の様子を伺っている。
「う、……身体が……ぴゅ、ピュルテ嬢!? な、何故貴女がこちらに……?」
視界に入っていた僕をやっと認識した彼は慌てた様に問いかける。
「……其方の女性は……?」
「え、えっと……彼女は、その……貴方が応戦していた〈名状し難き者〉……です」
ダメだ。僕には平然と嘘を吐けるような高等な技術はない。ごめんよ……ムエルテ……
「し、しかし、近くに居て大丈夫な……のか?」
「え、ええ、大丈夫ですよ。私が何とかしました……って、ムエルテ。カトラスさんに伝えたい事があるのでしょう? いつまで私の後ろに隠れているのですか……?」
僕が彼女を前に出そうとしても、カトラスさんから隠れる様に抵抗している。まるで、初恋相手に対してまともに顔を見る事ができない乙女の様……あ、フォーマルハットが落ちた。
黒いヴェール状に隠されていた彼女の顔は紅潮していた。
「もう害が無いのなら問題ない。わた…俺はカトラス。しがない冒険者をしている」
「……嘘はダメよ、嘘は。貴方は騎士。この道の先にある王国の騎士。……いえ、元騎士なのね」
僕の背後に隠れながら、ムエルテはカトラスさんの自己紹介を訂正する。
「本名はカシウス・E・アルトベルグ。元々はカシウスのみで下町の孤児で、独学で剣術を学びある大会に出場して優勝。その時に来賓席にいた公爵は貴方の剣の誠実さから騎士にならないかとスカウトしたのね。お金も身寄りもない貴方はその話を受けてた。その後、様々な功績を残して遂には王専属の舞台に配属と、家名を得た。因みにミドルネームは貴方自身は知らなかったようね?」
流暢に話す彼女にカシウスさんは絶句していた。
って、そろそろ僕の背後に隠れながら喋るのはやめてくれないかなぁ……
「あ……はは……」
あーあ、引かれちゃってるよ……
カシウスさんは笑みを浮かべている。けれど引き攣っている。
「え、えっと、カシウスさん。えっと、そのっ、彼女は怪しい子じゃないですよ! ちゃ、ちゃんと話せば分かりますから!」
「ぴゅ、ピュルテ嬢がそう仰るのなら……」
カシウスさんはそう言うと、軽く咳をして再び自己紹介をした。
「ムエルテ嬢が言った通り、俺はカシウス。カシウス・アルトベルグ。ミドルネームの方は今日初めて知ったからよく分からない。元々王宮の騎士を務めていたが辞めてこの通り。よろしく」
「わ、私はムエルテ……です。ラ・ムエルテ。〈罪喰い〉から発生した異常個体の十三番目……です。よろしくお願いますわ……」
「それとムエルテはカシウスさんに一目惚れしたそうなのですよ?」
僕は彼女が言わなかった事を代わりに言う。いつも弄られてばかりだからたまにはこう言うこともしてみたいんだ!
「っ!?」
「〜っ!!??」
背後からポン、ポン、と軽く拳で叩かれているけれど、気にしない。
「そ、それは本当なのか!?」
カシウスさんは喜ぶ様に僕に訊く。
「ええ、本当らしいですよ」
「本当……本当なのか……いやぁ、嬉しいなぁ……今まで何故か近くを通るだけで逃げられていたからなぁ……」
嬉しそうに過去の悲しい日々を思い出しているカシウスさん。そんなに避けられていたのか……
「姫ぇぇ……意地悪しないで下さいまし……」
「どうぞこの子を貰ってあげて下さい。偶に私が彼女を呼んで、カシウスさんと離れてしまうと思いますが、用事が終わり次第直ぐに帰しますので」
僕はバルバトス様に目配りをして、ムエルテをカシウスさんまでに運ばせる。バルバトス様に抱えられたムエルテは、カシウスさんの所まで運ばれると、そっと足を地に着ける様に降ろされた。
その時、彼女はバランスを崩してカシウスさんの腕の中に収まるのだが……眼福眼福。
こうして、二体目の〈罪喰い〉の件は終わった。
……いつのまにか学園では「お姉様」と一部の女子生徒から言われる様になっていたのだが。
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