Main Ⅱ ◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

Ⅰ 底辺だった僕は女性の聖職者を拾いました

「…………」


「……………………」


 家の前で女の人が倒れている。わた、僕が玄関前の掃除をしようと思って扉を開けたら女の人が路上でうつ伏せになっているのだ。


「あ、あの……」


「……………………」


 肩が僅かに動いているから息があるのは分かる。けれど、声をかけていても目立った反応はない。


 ――なんか……この人に関わったら凄い面倒臭い事が起こりそうな気がする……


「……か……た…………」


「……かた?」


 女の人が何かを呟いた。僕は拾った音だけを口にしたがよく分からない。でも、その後に女の人が呟いた言葉が分かった。

 ぐうぅぅう、と言う音が響いた。それは、生物の臓物、特に腸が栄養を要求する時に発する音。


「お腹……空いた……」


 空腹時に鳴く、腹の虫の音だ。







「はふはふはふ、っん。はふはふはふ……」


 ――凄い勢いで食べるなぁ……もう一〇人前だよ……


 僕は彼女に食べるペースに合わせながら次の料理を作る。料理を運んでくる時にまだ食べるか様子を見ているが、その手と口が止まる気配が全くない。いったい、何日食べていないんだこの人は……

 そして三〇人前。やっと止まった。予め大量に買い込んでよかった。まだ、食糧には余裕はある。

 ……十日程だけど。


「空腹で弱っていたわたくしにここまで施しをして下さるとは……貴女は女神の化身でしょうか?」


「い、いえ、そんな大層な存在ではありませんよ。私は普通の……魔術を扱う小娘です。それよりも貴女は……」


 女性の衣類を一瞥する。聖職者が身に付けそうな質の良い布。十字架のようなシンボルが付いたネックレス。そして、壁に立てかけた槍などの武具……武具!?


「あら、わたくしとした事が命の恩人に失礼でしたわ。わたくしはマイニウ教の徒、マユル・イーナク。この度は行き倒れていたわたくしに食事を下さり感謝します」


「え、あ、は、はい。当然の事をしたまでです。それと、こちらこそ申し遅れてすみません。私はピュルテです。家名はありません。イーナクさんが思うような存在ではありませんが、何か困った時は言ってください」


「わたくしの事はマユルで良いですよ。それにしてもピュルテですか……純潔、良い名前ですね」


 純……潔……?

 え、この名前ってそう意味だったの……?

 そしたら僕……え、今後の自己紹介が恥ずかしいのだけど!?


「(義理のですが)母から貰いました。とても気に入っています」


 ――なっ!? 口と表情が勝手に!?


 僕の表情は勝手に穏やかな笑みを浮かべ、僕の口は勝手に名前の事に対しての返答をした。まさかお義母様の仕掛けが……


「と、ところで、何故、マユルさんは行き倒れていたのですか?」


「あ〜……えっと……お恥ずかしながらその……携帯食糧が尽きてしまいまして……その……この国は平和……ですね」


 はて、平和が何か彼女にとっては不都合なのだろうか?


「ええ、平和ですよ。一応魔女を崇拝してはいますが、警備をしていらっしゃるのは衛兵の方ですし……」


「あ、いえ、わたくしは別にこの国に魔女が居るからという理由で来たわけではありませんよ? 各地にあるマイニウ教の聖地を巡礼しているのです。あとは迷宮で鍛錬を少々……」


 マユルさんは軽く涎を垂らしそうになってそれを飲み込んだ。まさかでは無いが、魔物を食べている……?


「あの、不躾な質問でしょうが、一つよろしいでしょうか?」


「はい、何なりと。あ、わたくしは同性愛者では無いのでそこは期待しないでくださいね?」


 HAHAHA、この人も面白い人だ。

 ……気を付けておこう。


「そ、それは大丈夫です! ……コホン、まさかではありませんが、マユルさんは毒とも言われている迷宮の魔物を食した経験があるのですか?」


「っ!? え、ええと……そ、そんな事は――」

「今夜、泊まっても構いませんよ。夕食も用意し――」

「――あります。とても美味しいですよ?」


 ――……はい? この人は今、なんて……?


「……え? 今、なんと?」


「だから、迷宮の魔物はとても美味しいですよ?」


 聞き間違えじゃなかった。本当に「美味しい」と彼女は言ったのだ。

 迷宮とはと聞かれても僕には答えられない。でも、迷宮はある日現れる謎の空間である。その空間には魔素オドが濃い為、それを直接吸収した魔物の血肉は生物にとっての毒と言われている。

 そんな肉を彼女は食し、「美味しい」と言うのだ。


「で、ですが、濃い魔素が染み込んだ肉は毒なのでは……?」


「……?」


 あ、この人、とにかく気にせずに食べてきた人だ。

 ……と言うことは、この人は魔素オドから純魔素マナの変換効率がいいのかな?


「……マユルさんが気にならないのなら問題無いです。では、部屋の案内をしますね」


 僕は一度、壁に掛けておいた時計で時間を確認してから言った。そろそろ家を出ないと何時もの時間に着かなさそうだ。






「では、ゆっくりおくつろぎください。外へ出る時は玄関の施錠は気にしなくても大丈夫ですので」


「何やら何までありがとうございます。ところで、急いでいるようですが何か用事が?」


「ええ、これでも学業をおさめる身ですので」


「なるほど、頑張って下さいね」


「ありがとうございます。それでは」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る