Ⅱ 底辺だった僕は何故かお姉様と呼ばれています

 校門には今日も誰も並んでいない。


「一応隠蔽の魔術は続けたまま教室に向かいますか……」


 猫耳を生やされた時の写真を回収したのが原因で、僕は学園の一部の女子生徒に『お姉様』と呼ばれるようになった。

 僕はただ、出回った写真の回収をしていただけで、抵抗した生徒を張り倒しただけなのに……


「教室には……まだ誰もいませんね……」


 教室の扉を開けた。教室の中は静まりかえっていて、直接中を確認しても誰もいないことが分かる。だから、隠蔽の魔術を解いて僕は一限目の授業の教室に入室した。









 少年少女たちの楽しげな会話が耳に入ってくる。それを言葉として意味を捉えることはできないが、楽しそうで……

 あのヒトが仕事で忙しかったから子供たちと遊んでいた。でも、いつも同じことばかりだったからこっそり抜け出してこの地に降り立った。

 依代のヒトの仔の身体にも馴染んできて、新しい事も知ることが出来た。だから、とっても楽しいの。

 嗚呼、あのヒトに会いたい。子供たちにも会いたい。でも……もう少しだけ此処に……

 いえ、この身体にちゃんと馴染んだらこちらから迎えに行きましょう!


【Stage2:胎動】






 瞼をそっと開ける。どうやら机にうつ伏せた状態で寝ていたらしい。

 何か、変な感情が湧いていた気がするけれど……気の所為だろう。多分。

 僕がゆっくりと身体を起こすと、数年ほど眠っていた人間が起きた時の様な反応が周囲で起きた。簡単に言えば歓声ですね、はい。

 あちらこちらから「お姉様がお目覚めになられましたわよー!!」とか聞こえてくるね。

 でも、僕の脳は正常に働いてくれず、ツッコミを入れるどころか「おはようございます」と言ってしまった。その瞬間、教室に静寂が訪れた。


「……あ、いえ、これは、そのっ――」

「お、おおお姉様が下々である私達に目覚めの挨拶を!?」

「私、もう死んでもいい……!!」

「お姉様〜!! 今日こそは私を踏んで下さいぃぃ〜!!」


 近くに居た男子生徒は女子生徒に弾き飛ばされ、僕の周りには女子生徒の壁ができてしまう。


 ――やば、これはやらかした……


 弾き出された男子生徒に心の中で合掌。

 僕も男だったから女子に囲まれたいとそういう夢がなかったわけでは無いが、これはこれでやっぱり怖い。みんな身を乗り出してくるから余計に……ね。


「はいはーい。みんなー? そろそろ私の義妹から離れなさーい。講義の時間よ〜」


 《高慢》姉様がやっときた。

 僕の周りに居た女子生徒たちはすぐに自席に戻り、講義はスムーズに開始した。

 どうやら今日は聖職者がテーマらしい。











 序列八位の魔神は王の下へ参上する。


王ソロモンよ、お久しゅうございます突然の呼び出しとは何様だ? 人間


 魔界の城。金色の城。その玉座に人を辞めた人が腰を下ろしている。彼は王。かつて、神より叡智を授かりし者。序列八位、伯爵にして公爵階級の魔神バルバトスは苛立ちながら現れた。


「まあまあ、落ち着きなよバルバトス」


「おや、パイモンじゃ無いですか。貴方もですか?」


「まあね。というか君が遅れるのは珍しいね?」


「ええ、少々面白い御方を見つけまして」


 バルバトスと気軽に話す、形の崩れた王冠を被った女性の様な黒色長髪の魔神はパイモン。序列九位の王階級。一見、女の様に見えるがれっきとした男である。たとえ女装をして、女に見えようとも男である。


「へー……」


 バルバトスの笑顔に目を細めるパイモン。しかし、その二人の会話に水を差す者が現れる。


「あー、お二人さん。すまないが王の御前だ、そろそろ黙りなさい」



 オオタカを肩に留まらせたローブを深く被る老人が、二人に近付いた。序列二位、公爵階級。かの魔神である。


「それは失礼した、アガレス。王も先程の無礼は御許し下さい」


「アガレスの爺さんもか……という事は全員召集?」


「いや、いいんだアガレス。彼の楽しみを奪ってしまったのは僕だからね。それと、こちらこそごめんよバルバトス。でも、今日は重要な話があるんだ」


 青年の声。玉座から立ち上がり、建物の影から現れたのは若かりし頃の姿をしたソロモン。しかし、髪は純白に染まり、黄色おうしょくの肌にはゴエティアの表紙絵にある紋様が赤く浮かび上がっている。


「それに、僕が呼んでいるのは序列十位までだよパイモン」


「左様ですか。では手短にお願いします」


「これ、バルバトスや。王を急かすで無い。まだ来ておらぬ者がおるだろう」


 一刻も早く彼女の下へ向かいたいバルバトスは、アガレスに叱られる。けれど、王はそれを許した。


「アガレス、気にしなくてもいいよ。バルバトスも。まあ、今回は君の契約者も関係のある話だし――」

「見ていたのですね。王も趣味が悪い」


 彼女の話題が出た瞬間に表情をコロッと変えたバルバトス。例えるならそう……とても自慢したそうな表情をしている。


「へー、実は興味無かったけれどバルバトスが絡むなら面白そうだ」


 目を細め、パイモンは妖艶に笑った。しかし、パイモンの考えていた事知ったアガレスは叱る。


「お前もかパイモン!」


「ハッハッハッッ! 遅れちゃったけれど結構賑やかだねぇ……みんな久しぶり!」


 大笑いしながらやって来た男。序列十位、総裁階級のブエル。一同の視線は彼に向けられた。男と言っても、声は男のものであってその姿は、星、又は車輪の様に放射状に伸びた五本の脚。それは前進する際に自らを回している。

 けれど、その姿は忽ち人の形を模った。短い茶髪にいかにも薬師の様な服装の男である。


「やあ、ブエル。元気そうで何よりだ」


「王もその身体に馴染んだようだね!」


「ブエル! 王にその口の利き方は――」

「お前は頭に血が上りすぎだ、アガレス」


「お、バエルもやっと到着だね」


 アガレスのオオタカの留まっていない方の肩に手を乗せて、制止を促すバエル。序列一位、王階級の魔神。紅い髪に黒い巻角。金色の王冠を被り、蜘蛛の糸で編まれた白い軍服を身に纏う。マントはヒキガエルの皮膚で出来ているが、腐敗した様子はない。肩には斑模様の仔猫が乗っている。


「友よ、我らを呼んだ事……それに序列上位十名のみを呼んだことの説明を願おうか」


「そうだねぇ……みんな揃ってから言いたいんだけれど……ウァサゴは手が離せないから来れないっていま連絡きたんだよねぇ……それ以外の連絡はまだなんだ」


 残る魔神はあと四名。彼らが来るまでは、王は話すつもりはないらしい。

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