XXⅫ 底辺だった僕は〈罪喰い〉の完熟体の事をよく分かっていなかった様です

 最初に仕掛けたのは僕だ。ただ、僕は攻撃したのではなく、バルバトス様に能力の上昇支援しただけ。


「ありがとうございます。これなら耐えられそうです」


 バルバトス様はそう言って、袖から投擲用ナイフを出す。


「クラヒット、貴方もお願いします!」


 大アルカナの力のタロット。それが左太腿にあるカードホルダーから飛んで、僕の手に渡る。僕は、それを罪喰いに目掛けて投げた。

 真っ直ぐ飛ぶカードは途中から強く発光し、一つの生物の形を象る。


「GOAAAAAAAAAA!!!!」


 咆哮と共に現れる黒いリザードマン擬き。共生している植物はまだ小さい。


「あら? 貴方も其方側に?」


「GLLLLLL……」


 罪喰いは余裕らしく、楽しそうにクラヒットに話し掛ける。けれど、バルバトス様はそこで投擲用のナイフを数本投げた。


「GLLAA!!!!」


 同時にクラヒットも殴りかかる。クラヒットの拳は綺麗に罪喰いの胴を捉えた。そしてナイフも刺さった音がした。

 けれど、それらは全く効いていなかったように見える。


「あらあら、ナイフに毒を仕込むなんて小狡いわ」


 骨の鎌でクラヒットの拳を受け止めながら、彼女は悠々と自身に刺さったナイフを抜く。


「……名乗りが遅れて御免なさい。ワタシ、穢欲あいよく捕食型完熟種〈罪喰い〉第十三号。この仔は馬のドート。第八号が貴女のお世話になってるわね」


 抜いたナイフを適当に捨て、空いた手で何かを撫でている。馬と言っているが、全く馬では無い何か。その姿はあまりにも奇妙グロテスクだった。


「それが……馬……ですか?」


 巨人の様な大きな手の前足。首は無く、切断面からは骨と気道と肉が丸出しだ。更に、継ぎ接ぎの皮膚は、様々な生き物の皮を無理矢理使っている様に思える。人間の肌や、犬の皮……頭皮まで見使っている様で、欲目を凝らすと少し髪の毛が生えている。


「この仔も……可愛いでしょう?」


 彼女は、自身の周りを泳ぐ鬼火の様な頭蓋骨を撫でて言う。ただ、その頭蓋骨には鋭い角が二本生えていた。


「生憎ですが……私にはそれの美しさも可愛さも解りません……」


「……そうよね。ニンゲンの美的感覚は私とは違うのは知っているわ。でもね、私はこの仔達の美しさを教える為に居るのでは無いのよ?」


 目的は欲の捕食の事じゃない……?


「……では何が目的なのでしょうか?」


 バルバトス様は攻撃を止めて、彼女に問いかける。


「それはねぇ〜……ふふっ」


 それは……


を必要としている人を探しているの!」


 ……はい?


「……え、えっと……?」


「なるほど。しかし、人を襲う必要は無かったのでは?」


「え〜、八号ちゃんも知ってるわよね〜? 私達、汚い欲望には敏感だってこーと」


 彼女の問いにクラヒットは渋々頷く。って事はあの日、クラヒットが人を襲ったのはあの裏路地で何か企んでいた人がいたから……?


「……つまり、人を襲ったのは本能的に備わっている機構だから自制できない……と言う事ですか?」


「そう言う事よ、魔女のお嬢さんっ♪」


「……」


 ええぇ……もう、急に白けちゃったよ。

 って事は、罪喰いの完熟個体はもう、それぞれ意思があってその通りに生きているって事?


「……あ、カシウスさんです! カシウスさんは何故貴女に殺されかけていたのですか!?」


「カシウス……? 嗚呼! あの美形なおじ様の剣士さんの事かしら? あの人を何故襲っちゃった理由は……その……ね」


 何故か頬を赤らめる罪喰い。種類によてはそんな事も出来るのか……


「その……なんです?」


「……ひ、一目惚れ」


 その台詞に、バルバトス様が急に大声で笑いだす。その笑い声で、彼女は年頃の娘の様に更に縮こまってしまった。


「ば、バルバトス様! 何故笑っているんですか!」


「ハハハッ、いえ、そのっ、クフフフフッ、実に、実に生き物らしい、とっ、クハハハッ……」


 駄目だ。完全にツボにはまっている。でも、彼のそんな姿は初めて見た気がする。


「うぅ〜、悪いのかしら? 私みたいな化け物が生き物の様に恋をしては……」


「ば、バルバトス様、そこらへんにしておきましょう? 彼女が可哀想です……」


 僕がそう頼むと彼は笑いを抑え始め、ゆっくりと深呼吸をして落ち着いた。彼は落ち着いた後に「先程はすみませんでした」と言って、笑った理由を話した。


「私が笑ったのは貴女が可笑しいと思ったからではありません。生き物らしいからです。生き物の様に恋をする事が可能だと知れて嬉しかったのです。お陰様で私の知識がまた増えましたよ」


「……それでも笑う事は無いじゃないの? 八号ちゃんもそうは思わない?」


 彼女はクラヒットにそう話しかけるが、居ない。だって、もうカードの中に自分から戻っちゃったんだもん。


「……あら? 八号ちゃんは?」


「えっと、クラヒットならもう私のカードの中に自分から戻っちゃいました。それでその……」


「何かしら?」


 一旦深呼吸だ。落ち着くんだ……僕なら出来る。彼女の願いが叶えられるはずなんだ。


「私と……契約しませんか?」

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