XXⅪ 底辺だった僕は女の人の姿をした〈罪喰い〉を見つけました
狼達はピタリと動かなくなった。彼らは本能的に、高位的生命体に対する己の弱さを感じているからだろう。
「遅かった……ですね」
「すみません、姫。ですが、仕方のない事なのです。彼等を傷つける事は私の信条に反しますから」
悪魔が信条を……
「あと少し遅かったらバルバトス様との繋がりが切れるところだったのですよ? 少しは焦って下さい」
『ば、バルバトス様ぁ!?』
バルバトス様の名を聞いて、狼王が何故か狼狽える。
「おや、貴方はいつぞやの
え、バルバトス様はこの犬畜生の過去を知ってるのか。
『は、はい……あ、あの時は、本当に助かりました……』
「いえいえ、アレは私のエゴで行ったことです。お気になさらず」
『そ、それでも、この恩は忘れてはおりませぬから』
すごい。めっちゃ平伏してる。このワン公、バルバトス様に対してめっちゃペコペコ頭を下げてるよ!
……っと、落ち着け自分。確かに貞操の危機だったけど、守れたからいいじゃないか。そうだ……落ち着くんだ……
「ならば姫は連れて行きますからね。それと……あまりあの時のような低俗なニンゲンの真似はやめて下さいね。私、動物を傷つける事はしたくないので」
『は、はいっ!』
「では目的に場所に行きましょうか」
バルバトス様はそう言って、優しく優しく僕を抱き抱える。今回もお姫様抱っこという形だが、まだ抵抗する為の力が入らない。彼の殺気に当てられて、僕の筋肉は強張ってしまっているんだ。
「お願い……します」
だから、断じて嬉しいとか思っているのはあり得ない。あり得ない……はず。なのに、どうしてこう……抱き抱えられて恥ずかしいのに……心が踊るように胸が暖かいのだろうか……
「それでは御機嫌よう、狼王ソルデス。貴方に良き妃が見つかる事を祈りましょう」
バルバトス様はそう言って、ハーファー王国へ向けて移動を開始した。
ゆらりと彼に抱き抱えられながら森を進む。確かに狼王の情報通り、罪喰いの気配が強い。
「……あの、もう大丈夫です。自分で歩けます」
「ダメです。この辺りの植物は人を襲うものが多い様なので姫を歩かせるわけには参りません」
そんな危険な植物、存在するはずがない。そう思ったから僕は、周りを見回した。けれど、視覚が捉えるのは一面ただの緑色の木々。すると、バルバトス様は植物の存在を証明する為に、僕と視覚の共有を行なった。
「紫色……?」
僕は視界に映る紫色に染まった植物を、所々で見つける。そして、その形は見覚えのあるものだった。
「ニンゲンではアレらも確か……魔物と言うのでしたっけ?」
「マ、マンイーターじゃないですか!?」
「アレらは基本、普通の植物を同じく光合成を行うのですがねぇ……」
でも、実際にマンイーターなどの捕食種の植物は魔物判定だ。それに、光合成を行うなんて聞いたことがない。でも……そうか、確か魔物の生い立ちは、長年魔素を溜め込んだ生命の突然変異か、魔物達の種子から生まれたの2パターン……
「っと、何か聞こえますね……」
バルバトス様は歩みを止めて、耳をすます。だから僕もそれに続いて耳をすました。
「……っ……!」
金属に何か鋭く硬い何かがぶつかる音と男の人の声。しかも聞き覚えのある……
「……っ!? バルバトス様、カシウスさんの声です!」
「おや、あのニンゲンの雄でしたか。しかし、そろそろ体力の限界のようですね……」
「た、助けに行きましょう!」
「
伸びてくる骨の鎌を再び弾く。もう、体力の限界が近い。
「ふふふふっ」
死神のような女は、ただ微笑んでいるだけ。護衛対象の商人は真っ先に殺された。だから、逃げても問題ない。それでも、逃げない。と言うか逃げられない。
「クッソ……」
息が上がり、無理矢理肩で呼吸するのも疲れてきた。剣を地面に突き刺し、それに支えてもらいながら膝をつく。
女は自身の周りを泳ぐ頭蓋骨の様なモノを撫でながら歩み寄ってくる。その左手で鎌を持ちながら……
「……ふふっ。さぁ……おいで……わた――」
女の顔に矢が勢い良く刺さった。
「十三番、逆位置!」
対象は膝をついているカシウスさん。あの後、バルバトス様が射った矢は爆発し、罪喰いの頭は吹き飛んだ……はず。
「さぁ、カシウスさん。今の内に一旦退きますよ!」
「……めよ」
……え?
僕は直ぐに背後を向いた。
罪喰いの頭からは噴煙の様に煙が上がっているが、倒れていない。
「駄目よ。逃げちゃ……」
――キャァァァァシャベッタァァァァァァ!!!!
え、喋るの?
クラヒットは喋らないのに、こっちは喋るの!?
「あら? どうして喋らないと思ったのかしら?」
うわぁ……もう人間にしか見えないよ……
灰色の長い髪。死者の様に艶は無く、ただ蛇のようにうねっている。
でも、やっぱりなのか、彼女の肌は青ざめており、全く生気を感じさせてくれない。
更に黒い喪服が「怖い」と言う印象を、僕の眼に強く植え付けるのだ。
「……貴女、可愛らしいわね。でも、駄目なの。私を、生命の持つ理を、死を恐れてしまう者は駄目なの」
「な、何を言って……っ!?」
一瞬、命の危機を感じて後方に跳んだ。そしたら、さっきまで僕が立っていた地面はいつのまにか枯れ始めていた。
その場所に生えていた雑草は枯れて、小石は砂の様の風化して……
「あら? 避けてしまったの? 駄目じゃない。逃げちゃ駄目って言ったでしょう?」
目元は布で隠れていて分からない。けれど、彼女の口の端は鋭く笑う様に釣り上がっていた。
「やはり効きませんでしたか……あの矢、爆発以外にも毒を仕込んでおいたのですが……」
「あら? 貴方は……――っ!?」
彼女が何か言おうとした時、バルバトス様は再び矢を放った。罪喰いはその矢を避けることが出来ず、気が付いた頃には刺さっていた矢が爆発していた。
「姫、これより彼女を弱体化させます。少々お待ちください」
けれど、容赦の無い攻撃の割に、僕に見せた彼の表情は穏やかだった。
……本当は……多分、そう見せているだけ。内心では焦っているのかも知れない。
「……分かりました。援護はお任せ下さい、バルバトス様」
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