XⅢ 底辺だった僕は合成魔獣を創るのに失敗しました……

 真夜中。月は高く昇り、家の庭を照らす。今宵は満月、魔が最も溢れる日。


「これをここに配置して……よし。次は……」


 庭は合成魔獣を制作するための陣(合成陣)が描かれ、僕はその上に丁寧に素材を設置する。

 配置が完了したら、今度は大気中の魔素を集める術式を刻んだ小石を陣の周りに設置した。因みに小石に魔法陣を刻むのが難しかったため、今回はルーン文字と呼ばれるものを用いた。これを覚えるの結構難しかった……

 ルーン文字は異界からの漂流物である。これの便利なところは文字の一つ一つに呪術的意味を付与できるところだ。それが異界では日常的に使われているみたい。

 いつか異界渡りとかしてみたいけれど、今の僕の技術では無理だろう。だが、物が流れて来たんだから人間もできないはずがない……いや、これ以上考えていると脱線するか。


「さて、準備が整いましたし始めますか」


 ルーンを刻んだ小石が魔素を収束させる。月光だけでは詳しい色は分からないが、黒っぽい粒子が着実に合成陣に流れ込んで行く。

 視認できる程に魔素の濃度は濃い為、これは結果に期待が持てる。


「ほう……これが……」


 見学をしているマユルさんが圧倒されたのか、驚きが口から零れ出ている。

 しかし、どうやら僕は神に愛されていないらしい。


「ふえっ!? り、リリン!? どうしたのですか!?」


 突然、リリンが僕にどついてきた。それは、何かを知らせようとしているのだろうが、僕は彼女たちが何を伝えたいのか分からない。

 彼女たちが何を主張しているのかを理解しよとしているうちに、事故は起きた。

 最後の素材、吸血鬼の血が魔核に吸収された時、上空から何かが落下してきたのだ。その何かの落下速度は凄まじく、吸血鬼の血が完全に魔核に吸収された頃には合成陣の範囲の中であった。

 合成陣の中心に置かれた魔核に、落ちてきた何かが吸収される。すると魔核はその何かに反応し、発光した。その光は夜闇を消し、視界を白に塗り潰す。

 暫くして目が再び夜に慣れ始めた頃、僕は膝をついてしまった。


「……し、失敗しました……」


 合成陣の上には何もない。いや、そもそも合成陣が消えてしまった。


「え、えっと……ピュルテさん、大丈夫……ですか?」


 マユルさんに心配される。正直心が折れそうです、はい。


「おや? 大きな魔量の反応を感知したのですが……何があったのです? 姫」


 ショックで膝をついていた僕の背後から、バルバトス様の声が聞こえてくる。


「い、いえ、その……合成魔獣を創ろうと思ったのですが失敗してしまいまして……」

「合成魔獣ですか。しかし……転移の形跡がありますね」

「……てんい……?」


 てんい……てんい……てんい……?

 駄目だ、思考がまとまらない。よっぽどショックだったんだろうなぁ……


「はい、庭の地面が少し抉られています」


 言われてみれば、少し草の背丈に違和感がある。ということは失敗していない……?


「で、ですが、何処に……?」

「申し訳ないですが、そこまでは私は分かりません」

「そう……ですか……」


 僕は立ち上がり、スカートの汚れを叩き落とす。


「……探さないと」

「しかし姫、御身はまだ学業を修める身では?」

「……どうしましょう」


 理事長や学長に理由を説明して休学する?

 いや、そもそもこの国では合成魔獣は禁止されているから、言ったら即幽世行きだ。

 ……黙っておこう。


「……卒業まで我慢します」

「それがよろしいかと」


 ぼくにはそこうふりょうなんてない、ぜんりょうないっぱんがくと!!

 え? 善良な一般学徒なら禁止されてる合成魔獣を創らないって?

 ……マユルさんは見ないふりをすると言った。その他に目撃者はいない。つまりバレてない。昔のどこかの偉い人も『バレなきゃ犯罪じゃないんですよ』と言っていたからねっ!

 つまり僕は何も悪いことはしていない。

 バルバトス様の気配が消えたのを感じ、僕は振り返る。

 そこには誰もいない。しかし、彼には助けられた。さっきのままでは、僕は立ち直れなかっただろうし。


「さて、マユルさん。夜は冷えますし部屋に戻りましょうか」

「そう……ですね……」


 マユルさんはなにか見えたのだろうか。すこし、表情が強張っているような気がする。


「あの~マユルさん?」

「は、はい! 何でしょうか?」

「い、いえ、お身体が優れないようなので……何かか見えたのですか?」

「………」


 マユルさんが黙り込む。しかし、直ぐに口を開いた。


「……悍ましく、残酷な呪いの気配が一瞬しただけです」


 血の気が引いた顔色。僕の身体は勝手に彼女の頭を自身の胸に押し当てて、その頭を優しく撫でてしまった。


「私にはマユルさんが恐怖するほどの呪いについて知りません。しかし、貴女がそうなってしまうほど危険なものなのですね。まずはごめんなさい。私がこのような事をしなければ貴女が恐怖する事は無かったはずです」

「ぴゅ、ピュルテさん!? い、いえ、貴女が気に病む必要はないですよ!?」


 マユルさんが慌てているが、正直僕もこの状況がよくわからない。自分の意思でやっているようで、別の何かが僕の身体を使っているような……


「ですがマユルさん、今の貴女の顔色は悪いですよ?」

「そ、それは……」


 マユルさんの顔が少し暑そうだ。しかし、彼女の腕はの背に回っている。

 嗚呼、可愛らしい。このまま……――


「はっ!! も、もう大丈夫です!! ピュルテさん、ありがとうございます!!」

「あら、そうですか? ……ええ、もう大丈夫そうですね。良くなってよかったです」


 ……あれ? 僕はさっきまで何を考えていた?

 思い出そうにも、習慣的にやっていることのように朧気で思い出せない。

 まぁ、思い出せないということは大したことではないのだろう。


「あ、今からお夜食でも作ろうと思っているのですが、マユルさんも――」

「頂きます」


 即答ですか。でもまぁ、気分転換には良いだろう。

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