XⅦ 底辺だった僕は愛の妙薬を作りました

 今は薬物の授業。女子が気になる彼の人を独占する為の妙薬……〔惚れ薬〕を作ると言う実習。因みに男子が作るのは〔精力剤〕だった。

 女子生徒達は何故か真剣に作っている中、僕はただ流れで作っていた。


「何でしょうか……この時間は……」


 作り方を見て、少し呆れる。

 作り方は、まず、大き目のビーカーに2分の1ぐらいまで水を入れる。そして乾燥させたマンドレイクの実をすり潰し、ビーカーに入れる。そこにザクロの果汁を数滴垂らして、少し混ぜる。ザクロの果汁がちゃんと混ざったら、今度は何故か花を好きに選べと先生は言うので、僕は乾燥させたクロッカスを選び、その花弁をそのまま入れる。加熱しながらガラス棒でゆっくり混ぜ、その途中で自身の髪の毛を一本……あ、やらかした。


「あっ、」


 真面目に作業をしなかった所為で、ビーカーの向こう側にあるハーブを取ろうとして実を乗り出したら、自身の唾液が混ざってしまった。作業の最後での大失敗だ。

 余っている材料を確認しても、どの材料も予備はない。なので、このまま作るしかなかった。



「えーっと、貴女は……Cね。もう少し配分とか材料をキッチリ確認しなさい? それと火力と魔力不足ね。教科書はちゃんと読むことよ」


 完成した薬の性能を、先生がルーペ型の魔道具で次々鑑定する。着々と僕の番が近付いている。


「えーと……次は………アリサさんね」


 名簿順に並んでいるのではなく、適当に4人グループ分けされた机ごとに先生が周っている。僕のグループには隣の席だったアリサがいる。そしてアリサは3番目。つまり僕が最後だ。


「あら! 結構いい出来じゃない!」


 結構先生にべた褒めされていたアリサの評価はB。あともう少しで最高点のAゾーンまでいけるらしい。ダメだった点は、効果が即効性ではないようで、もう少し工夫をしたほうがいいらしい。


「で、最後は貴女ね。はじめましてミス・ピュルテ。私は薬学を担当するピュロン・E・アトリコンと言うの。気軽にピュロン先生と呼んでもらえると嬉しいわ。宜しくね?」


「ピュルテです。こちらこそよろしくお願いしますピュロン先生」


 お互いの挨拶が済むと、先生は僕が作った薬の判定をし始める。


「っ!?」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするピュロン先生だが慌てたように僕に作り方を確認してくる。


「え、えっと、普通に先生の作り方通りに作りました……使った花弁はクロッカスを乾燥させたもので――」

「貴女、指定された以外の材料を入れましたね?」


「(ギクッ」


 ば、バレた……ど、どどどどうしよう怒られる……


「ミスピュルテ、貴女はその素材をどこで手に入れました?」


「…………です」


「はい? 今、何と言いました?」


 言うのがすごく恥ずかしい。自分の顔がすっごく暑くて首筋辺りがピリピリして痒い事から、顔が赤くなっているのがわかる。


「だから……その………私自身の唾液…です……ビーカーの向こうに置いてあったハーブを取ろうと思って、身を乗り出したら混ざってしまいました」


 先生は呆れた表情を浮かべて僕に言った。


「ハァ……焦った私が馬鹿みたいだわ……性能はもう模範を超しているから評価出来ないのよ……放課後、材料を用意しておくのでミスピュルテは残って作りなさい。それと評価ができないものは此処で取り扱えないから貴女が処理をお願いね?」


「………はい」


 散々な時間だった。あの後、同じクラスの女子達に慰めてもらったが、もの凄く恥ずかしい。この事はバルバトス様には知られてはならない……そんな気がした。





 放課後、作り直した。

 評価は良くも悪くもだったが、反省文を書かされるよりはマシだろう。

 それよりも問題なのが、


「この薬、どうしましょう……」


 評価できないと言われた薬。先生の口ぶりからして、本当は生徒全員に薬を完成させる気などなく、本物を作ってしまった生徒が居て驚いたのだろう。でも、僕は唾液以外は全て先生の用意した材料を使った。


「はぁ……この薬、本当にどうしましょう…………」


「その薬がどうしたのですか? 姫」


 背後からバルバトス様が突然声をかけてきた。


「ふぇっ!? い、いえ、ななな、なんでもなっ――あ!」


 誤魔化そうとしたら、右手に持っていた薬をバルバトス様にヒョイッと直ぐに取られた。

 薬の色は赤。髪の毛などはいつのまにか溶けて消えていた。


「ほう……この薬は………」


 し、しまった!


「どの殿方に使われるのです? 姫?」


 え、笑顔なのに怖い……


「じゅ、授業で作ったもので、べ、別にやましい理由はな、無いですよ……」


 早くその薬を取り返さねばと焦る。しかし、身長差で手を伸ばしながらジャンプしても中々手が薬に届かない。


「100パーセント惚れさせる。効力が切れるまでの時間無し。その効果は服薬した後に見た相手しか愛せなくなってしまう。因みに存在する全種族は異性同性構わず抵抗も出来きない」


「ふぇっ!? そ、そんな危ない効力が!?」


「流石ですね……姫。うっかりでこの様な封印指定の媚薬を作ってしまわれるとは……」


 本当に……返す言葉が出ない…………

 すると、僕の背後から誰かが話しかけてくる。


「まさか、お前が賊ではなく魔女だったとはな……」


 振り返ると以前図書室で出会った茶髪の同世代と思われる生徒が新聞を持って立っていた。


「記載されている容姿とほぼ一致」


「そ、その新聞は……」

「おや? 貴方はこの国の王室神官長の御子息の次男、カトラス様では御座いませんか。私たちの姫に何か御用でしょうか?」


 へー、神官長さまの御子息かーって、


「私が平然と顔を見てはならないお方では有りませんか!」


 僕は慌てて跪こうとした。そしたらバルバトス様に止められる……お姫様抱っこという形で。


「姫、お忘れですか? この国での貴女様の地位はカトラス様とほぼ同じですよ?」

「ちょっ、え、あ、ば、バルバトス様!? 今、こ、これはかかか関係無いのでは!?」


「抜けてるんだな……お前」


 カトラス様が呆れながら見ている中、バルバトス様は笑顔で僕を見て言う。


「それに、姫は平坦な地面でも何故か躓いて転倒なされますよね? あ、もしそれが私と密着したいのならどうぞ夜の相手でもしてさしあげ――」

「ち、ちちち、違いますから! 断じてそういう意図はないですから!!」


「あー…うーん……そのー……先日はすまなかった。てっきりこの国が所有する禁書を狙う賊かと思ったんだが……今のやりとりを見ていて賊ではないことは分かった。それとこれ、俺に向かって放ったカード」


 そう言ってカトラス様は胸ポケットからワンドの3番のカードをバルバトス様に手渡す。


「それでお前……確か媚薬の処理…………困ってたんだよな? 一応これでも神官長の子供なんだ。そういう薬系の対処法を知っている。まぁ、最悪薬が効いても俺は跡を継げられないから安心してくれ」


「………………はい?」


 ぽりぽりと頬を恥ずかしそうに掻くカトラス様。どうして彼が恥ずかしがっているのか分からない。


「え、えっと……それはどうい――」

「喜んで!」

「バルバトス様!?」


 バルバトス様は、僕の手から勝手に惚れ薬を取り上げると、カトラス様に手渡した。


「あ、ああ……」


 まさかすんなりと惚れ薬を渡されるとは思っていなかったのだろう。カトラス様は少し唖然とした表情で、惚れ薬を受け取った。


「まずは……【解析】」


 カトラス様は、僕が作った惚れ薬に右手を翳す。大気中に漂う物質の中で、綺麗な白色に輝く粒子が彼の右手に集まる。


「成分:魅了、素材:水・マンドレイクの実・ザクロの果汁・クロッカスの乾燥させた花弁・乙女の髪の毛・処女の唾液・黒ハーブ……っておい」

「はいぃっ」


 睨まれる様に声をかけられて背筋が凍った。


「だ、だって仕方ないじゃないですかぁ! 仕上げの黒ハーブを取ろうと身を乗り出した時にうっかり混入してしまったのですから……」


 言ってて恥ずかしくなった。材料とかはほぼ感覚に任せて使っていたので、教科書を見ていなかったという証拠にもなる言い訳だった。


「あのな……まあいい」


 カトラス様は呆れたように次の行程へ移った。


「次に【分解】……」


 カトラス様の持つ僕が作った薬に更に光が収束する。


「もう一度【解析】……で最後に【封印】」


「あの、そのまま封印すれば良かったのでは……」


 僕は抱いた疑問を口にした。すると、バルバトス様がカトラス様の代わりに答えた。


「姫は何も知らないものをそのまま封印するのと、少しでも情報がある状態で封印するのとどちらがうまくいくと思いますか?」


 そう言われると簡単に納得することができた。


「あ、そういう事ですか。という事はもう封印は終わったので私が飲んでも――」

「いや、一応俺が飲む」


 薬を返してもらおうとした時、カトラス様はそれを断った。そして薬の瓶の蓋を開けると一気に飲み干した。


「え、ちょっと、えっ!?」


 カトラス様の不可解な行動に驚いて落ちそうになるが、流石と言っていいのか、バルバトス様のお陰で落ちることは無かった。でも、恥ずかしいから下ろして欲しい。


「……問題ないみたいだな」


「そ、それは良かったです……」


 そして今日が終わった。

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