XⅧ 底辺だった僕の欲求
あの夢を見てから数ヶ月が経った。
その日以降、似た様な夢は見なくなったが、時折、鏡に映る自身に違和感を覚える様になった。
鏡に映る僕の姿はいつも通りなのだが、何か違いがある様に感じたり、何かが足りないと感じたりする。
「っ!? ……また、気の所為ですか」
庭の井戸から水を汲み上げた時、水鏡に映った自分の顔、その目が黒く見えた。
ただ、よく見てみると気の所為だった様で、水鏡の中の僕の顔はバケツの底があるだけである。
「影になっているのですから水面に顔がハッキリと映るわけ無いですよね。最近、気を張り詰めていたので少し疲れていたのでしょう……」
そうだ、気の所為だ。
自分に何度言い聞かせ、目を逸らす。
ふっと、何かが僕の背後に現れる気配がした。
驚いて振り向くと、そこにはバルバトス様が立っている。
「バルバトス様……」
「最近、気分が優れないようなのでお守りを持ってきました。どうぞこれを」
そう言って、彼は赤い物体を取り出した。
鮮紅色の……透明度のある石……?
中には黒い点がある。
何なのか訊いてみると、琥珀らしい。
「赤い……琥珀ですか?」
「ええ、しばらくこれを肌身離さず持っていてください。きっと、貴女を守ってくれますから」
そう言って彼は僕にそれを差し出す。
反射的に手を出して受け取ってしまい、慌てて返そうとした時にはもう、彼はそこに居なかった。
僕は手に持っている琥珀をしばらく見つめた後にポケットに仕舞い、水を補充した水瓶をキッチンまで運んだ。
「妹 今日 昼ごはん 何? 私 代わり 作る する がいい?」
ラーサ姉様が肩越しに覗き込む。
どうやらあの夜の嘔吐以降、ラーサ姉様は僕の体調のことが心配らしい。
嬉しいのだが、あの日以降に体調を崩す様なことはないので心配しないで欲しい……。
「もう体調はバッチリですよ。なので――」
「そう……」
「お肉に塩胡椒を揉みこんだ後に、一口サイズに切り分けて貰えます? それが終わったら今茹でている鍋に入れてください」
どうやら一緒に料理をした様なので断れずにいた。
義姉と並んで料理をする。
未だに僕はこれに慣れない。
いや、あの夢を見る以前はなかった感情が、義理とはいえ姉に向かってしまいかけているのが怖いのかも知れない。
チラリとラーサ姉様を見る。
料理するために髪を結い、そこから見える頸。
褐色の肌の上に乗る白髪の色気。
民族特有の紋様。
唆る。
このまま本能の赴くままに彼女に触れればどう反応してくれるのか興味が湧きかける。
その様な思考を、頭の中で人型にしてナイフで切り刻む。
それが息を吹き返し、本能を誑かす度にナイフを突き刺し、切り刻み、その湧き上がる情欲を霧散させる。
「妹 終わった 次 する ある?」
ふと、ラーサ姉様の声で僕の思考は現実に引き戻された。
気が付けばやっていた作業も終わり、後は完成を待つだけだった。
「妹?」
「あ、いえ、後は完成を待つだけですね。テーブルを拭くので座って待っていてください。配膳などは私がやりますから」
僕がそう言うと、彼女はどこか不満そうだった。
流石に身内でもお客様なのだからゆっくりしてほしいのだが、彼女はそれが嫌の様だ。
「え、えっと、ちゃんと配膳は手伝ってもらいますから……」
「…… わかった 手伝う 待つ する」
僕は、露出している彼女の背中をこれ以上見ることができなかった。
底辺だった僕は魔女になりました まさみゃ〜(柾雅) @dufeghngnho
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