XXⅥ 底辺だった僕は左眼が……(´・ω・`)

 食卓の空気が重くなった気がする。カシウスさんの顔を見ると、彼の顔には焦りが浮かび上がっているようだ。


「……えっと、今、なんと?」


 聞こえなかったかの様に、カシウスさんは質問してきた。それは仕方の無い事だと思う。

 だって、魔女の前で嬉々と魔女狩りの事を話してしまったし、僕のことを天使だとか言ってたからね……


「ですから、私の種族は魔人ではなくて魔女なのです」


「し、しかし!」


「実を言うと、カシウスさんから聞かせてもらった話に登場した方達は魔女では無いですね。彼らが勝手にそう名乗っているだけです」


「なので貴方が討伐した魔女擬きは貴方達ニンゲンが勝手にそう思っただけのことです。あ、因みに私は貴方の推測通り魔神柱のバルバトスです。改めましてよろしくお願い致します」


「そんな馬鹿な……」


 自分の自信の元となっていたモノが偽物だったと知ってしまった彼は野良の下級悪魔の恰好の餌だ。だから励まそう。


「ですが、魔女を騙ったとしても力は膨大なものだったのでしょう?」


「え、ええ……まぁ……」


「私はそれらを相手に生還できたカシウスさんは凄いと思いますよ」


 僕は微笑むように言った。でも、これだけは否定しておかないと。


「あ、言い忘れていましたが、私は貴方を害する気はこれっぽっちも無いので安心してくださいね」


 僕がそう言い終えると、カシウスさんはポカンと口を開けて僕に向かって言った。


「嗚呼……麗しき女神よ……」

「っ!?」


 それを聞いたバルバトス様は腹を抱えて笑い始める。いや、分かるよ。魔女に対して女神とか冒涜的だよね。


「そ、そんな、魔女に対してその表現は実際の女神様にとって冒涜……に……あた……い……」


 「冒涜」と言う言葉を発した瞬間、急に頭が痛くなった。殴られたような衝撃から始まり、そこからじわじわと頭を締め付けるような痛み。それが緩くなった瞬間に五寸釘で頭骨を砕かれる様な痛みが来る。

 僕の様子がおかしくなった事は二人は直ぐに分かっただろう。だって僕は今、痛みに耐えるために頭を抑えているのだから。


「ピュルテ嬢!?」

「姫、如何なさいました!?」


 ……生えてくる。生えて…くる……!!


「っ!? ち、近寄らないで下さい!!」


 悪寒がして咄嗟に叫ぶ。僕がこの姿で声を荒げたのはこれが初めてだ。だからバルバトス様も驚いて、心配して近寄るカシウスさんと一緒に固まる。


「い、いま……は、近寄らない……で……くだ……さい……ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!!!」


 左眼が熱い。前頭骨の左、目の近くが皮膚が裂けるようで痛い。痛くて、痛くて……僕は椅子から横に倒れるように落ちた。そこで頭を打つが、その衝撃で一気に痛みが引いた。

 けれど、左眼から何か生暖かい液体が垂れているような気がする。


「だ、大丈夫ですかピュルテ嬢!」


「え、ええ……すみません。もう……大丈夫です」


「しかし姫。左の御眼から血が流れていますよ?」


 バルバトス様はそう言いながら、綺麗な布で僕の左眼から垂れた血を拭いてくれた。


「心配をおかけしてすみません。もう大丈夫です」


 乱れた髪を整える際に触れてみたが、前頭骨の左目の近く辺りの皮膚は裂けていない。


「しかし姫……その美しい左の御眼は……」


「私の左眼がどうかしたのですか……?」


 左眼周辺を軽く触れて確かめる。でも特に異常はない。


「姫、これを」


 手鏡を渡される。その手渡された手鏡を覗き込むと、僕は左眼の異常に気が付いた。


「えっ!? ど、どう言う事ですか!?」


 眼球の白い部分、結膜が黒くなり、瞳の色はそのままだったが、瞳孔が山羊のような横に伸びた細長い楕円形になっていた。


「こ、これからどどどどうしましょう……」


 何か解決策は無いか思考を無理矢理する。しかし、パニックになって何も思い浮かばない。


「ああ……あ、あ……」


 カシウスさんの方を見ると、何故か彼の目は焦点が定まっていなかった。額からは何か恐れるように汗を流し、口は半開きのまま。


「これは……一時的に発狂していますね。流石です、姫」


 バルバトス様は、カシウスさんの状況を嬉しそうに思っているようだ。


「か、カシウスさん! ま、まずはおお落ち着いて深呼吸を……」


 僕は彼の側に移動して背中をさする。もしもの為にも、カシウスさんに僕の山羊眼が見えない様に左眼の瞼を閉じておく。


「お、俺は何を……そうだった! ピュルテ嬢! 左眼は大丈夫ですか!?」


「ええ、大丈夫ですよ。でも……」

「私は焦って治さなくても良いと思いますよ。恐らく寝れば治りますし」


「バルバトス様、それはどう言う事でしょうか?」


「簡単に言いますと、その御眼は姫が宿している御方の御眼でしょう」


 バルバトス様が御方って言った……?


「そしてその御眼は姫との……そうですね……例えるなら繋がりが深くなった……と言ったところでしょう」


「と言うことはあの頭痛も……ですか?」


「ええ、恐らくそうだと思われます」


 バルバトス様の笑顔が絶えない。偶に、彼の考えている事がわからないから怖いと思ってしまうのだが、今日は理由はわからないがその時よりももっと怖い。


「一応……お義母様に聞いてみますね」


「ピュルテ嬢の母君……? 一度も見かけてはいないが……」


 あ、どうしよう。あの魔術はまだ広まってないんだよなぁ……


「えっと……その……ば、バルバトス様、カシウスさんに目隠しを……」


「ええ、分かりましたとも!」


 バルバトス様はカシウスさんに近付き、右手を彼の両目にあてる。


「っ!?」

「バルバトス様!?」


 バルバトス様の右手から一瞬だけだけど、強く発光した。その瞬間、カシウスさんはバランスを崩して尻もちをついた。


「なっ!? 急に視界が真っ暗に……!?」


「バルバトス様! 何をしたのですか!?」


 僕が彼にそう問うと、バルバトス様は不思議そうな表情で答える。


「何をと言われましても……ただ彼の目元で〈納骨堂神の光輪〉を使用しただけですが?」


 ……それ知ってるよ。その魔術は……


「その魔術は対人用では無いですよねぇ!?」


「石化の呪いで利き腕を石にされた事がある彼なら暫くすれば回復すると思いますよ?」


 た、確かに……

 カシウスさんの両腕とも健在だし、義手でも無い。それに呪いの特徴で、ほんの少しだけ残滓を感じられる……どう何てるんだこの人は。


「で、ではお義母様を呼んできますね……」


 僕は自分の寝室へ向かった。

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