XXⅦ 底辺だった僕は母の情報が少し手に入りました

 ガサゴソ、と扉の向こう側から聞こえる。扉の向こう側から聞こえてくる。

 誰か何かを漁っているみたいだ。僕は拘束魔術を用意して、ドアノブに手をかけた。


「……三つ数えたら突入。それで捕縛……です」


 焦る心を鎮めながら三つ、ゆっくり数える。

 そして三つ。ドアノブを回して、勢いよく扉を開けた。


「そ、そこまでです!」


 同時に拘束魔術を込めた魔力の塊をぶつける。


「そんなもの甘いわ!」


 でも、結果は片手で弾かれた。って、その声は、


「お義母様!?」


 僕の寝室を物色していたのはなんとお義母様だったのだ。って、おい!


「な、ななな何故私の下着を掴んでいるのですか!?」


「む? これかえ? そりゃあ……血の付着した痕跡を探ろうかと思ってな」


「だからって勝手に物色は無いでしょう!!!!」


 お義母様はどうやら生理が来たかどうか確認しに来たらしい。でも一度も来てないよ!


「にゃはははは! 冗談じゃ、冗談。にゃはははは!」


「冗談でもそれは酷すぎます!」


 と、廊下から男性二人分の足音が聞こえてくる。え、ちょっと待って二人?


「おや? 一つはバルバトスのだとは分かるがもう一つは誰じゃ? ピュルテよ、母に教えてくれるかえ?」


「ピュルテ嬢、先程大きな声が聞こえたのですが大丈夫でしょうか?」


「え、えっと……その……」


 どうしよう。拾ったって言ったらまた元の場所に返して来なさいって言われそうなんだけど……


「なんじゃ? 何かやましいことでもあるのかえ?」


「い、いえ! そんな事は! えっと、その……道端で倒れていたので、私が介抱した……男性です」


 僕がそう言い終えると、お義母様はいつのまにか寝室の扉から出て、カシウスさんと顔を合わせていた。


「なっ!?」

「ふむふむ……成る程。バルバトス、儂の愛しいピュルテに魅惑の魔眼を使わせたじゃろ」


「さて、何のことやら?」


 何で使ったの分かったの!?

 と言うか何でバルバトス様はシラを切っているの!?


「あ、あのぉ……」


「お初お目にかかる、人の子よ。儂はピュルテの義理の母、クライムじゃ」


「じ、自分はカシウスと言います!」


 何事も無く会話が始まる。僕はお義母様の背後からそっと覗きこむ勇気しかなかった。

 そう言えばお義母様の名前、初めて聞いたけど……どっかで見た記憶が……


「そうか、そこか。ハーファー王国、王都スローンズの王宮に配属されていた元騎士か。して、国王になったあのクソガキは息災か?」


「な、何故それを! そして王を侮辱するか!」


「ああするとも! 何せ、儂が大事に育てた娘を奪ったからのお!」


 え、お義母様に娘が!?


「拾って大事に育てた儂の娘が最近死んだ事を知った。しかも場所はアッカードでは無いか! お主ら王国が敵対する国に何故いた! 何故クソガキの妾で無くてアッカードの貴族の家に居た!」


「そ、それは……うぐっ!」


 何か思い出そうとして、カシウスさんは頭を抑え始める。


「……やはりか。魅惑の魔眼や石化などの呪い以外に記憶の封印も受けたか……チッ、使えぬ」


「成る程、通りでこのニンゲンの雄からは虫の臭いがしたのですね。流石は〈原罪の魔女〉」


「ふんっ。お主こそ初めから知っていたでは無いか」


 く、空気が気不味い……


「しかし、脳の深くまで潜っているとなるとこれはもう手遅れじゃのぉ……」


「そうですね……殺して直ぐに蘇生、と言うことが出来れば良いのですが……姫は作れますか? 死者蘇生の魔法や魔術」


「で、出来ませんよ。死というものは自然の法則の一部です。死者蘇生はそれを弄る行為なので不可能です」


「まあそれは仕方があるまい。ライラは元々謎が多い娘であったからの」


 そうだったのか……って、やっぱり……


「やはりお義母様の娘のライラさんは私の母…なのですね……」


「おや? 儂、言ってなかったかえ?」


「……はい? え、初めっから知ってたのですか!?」


「ん? そうじゃよな、バルバトスよ」


「ええ、勿論。姫にはライラ様の面影もありますし」


 ……やっと繋がったって思ったこの時の喜びを返して!

 しかもキメ顔とは言わないけど、ちょっと格好つけた言い方したからすっごい恥ずかしい!!!!


「そ、それよりもカシウスさんは……」


「あの人の子か? もう問題なかろう」


「え、ええ、魔女殿の言う通りもう大丈夫ですよ、ピュルテ嬢」


 爽やかな笑顔で彼は答える。そう言えば口調、こっちが本当の口調だったのか。


「言っておくが人の子、ピュルテは誰の嫁にも渡さぬからな。好意を向けても無駄じゃ」


「なっ! 他人の恋路は他人の自由だろ!!!!」


「ダメじゃ! 魔女が恋するのは言語道断! ましてや歳の差を考えろ!!」


 ……あ、左眼の事聞き忘れてた。結構話逸れちゃったなぁ……


「あ、あの!」


「なんじゃ? ピュルテよ。もしかしてあの人の子の元へ行くのかえ?」


 お義母様は屈んで僕と目の高さを合わせながら、瞳を潤わせて僕の事を心配する。例えるなら捨てられそうになった仔犬のような瞳……


「大丈夫ですよお義母様。私は殿方とお付き合いするつもりはありません。ただ、ちょっと聞きたい事があるのです」


「良かったのじゃ〜」


 お義母様は僕をぎゅっと抱き締める。


「これは……諦めるしかないか」


「それで聞きたい事とは何じゃ? その左眼の事かえ?」


 す、少し首が絞まって苦しい……


「は、はい……目の白い部分が黒くなって、瞳孔が山羊の瞳孔のようなものになってしまって……」


「ふむ……山羊の瞳孔……瞳の色は……金のままか。額は……特に問題は無い。む? 色欲を使った形跡があるな?」


 抱き締めるのを辞め、何か確認するように僕の身体をお義母様が触る。


「あー……邪魔だろうし、そろそろ王国に戻ろうと思う。この度は本当に世話になった」


「姫の代わりに私が失礼しますねニンゲンの雄。貴方は結構興味深いのですがまあ、少しづつ変わっている王国を久し振りに見に行った方が良いでしょう。あ、これは貴方の持っていた荷物です。玄関までお送りしましょう」


 僕のボディチェックをしている間に、バルバトス様はカシウスさんを見送る……と言うかお義母様長い……


「ひゃんっ!」


 突如、胸部に原因不明の刺激が来る。それは電気信号のようにすぐに脳まで伝わり、それを快楽と認識して驚きの声が出てしまった。


「んっ、ちょっ、おっ、お義母さまっ!?」


「ふむふむ……成長したのお……」


 原因判明。犯人はお義母様だった。

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