Ⅸ 底辺だった僕は編入試験を受けました

 転入試験当日の日の出。


「動物達と戯れ過ぎて一睡もできませんでした…………あ、早く朝食を作らないとお母様がお腹を空かせてしまいます…………」


 僕は身体を起こし台所へ向かう。朝食を作る途中、睡魔に襲われて眠りそうになったので、アッサリとして美味しいと自身でも思えるものを作った。お母様は食にうるさいから仕方がない。僕はそれを自分の分だけ食べて、外の木陰に移り仮眠をとった。



 目を覚ますと出発する時間だった。


「ピュルテ、出発するぞ。荷物は準備できたか?」


 お母様はいつも以上に張り切っている。それだけ帝国アッカードより居心地が良いのだろう。僕も楽しみに思う。

 森をイスクゥシェ方向に歩いていると、僕は急に思い出した。


「あ、入国の際、私の身分証はどうしましょう!」


「ん? ああ、それなら安心せい。転入が許可された紙を掲示すれば入れる」


「そ、そうですか……助かりました………」

「それと一つ言い忘れていたのじゃが、あの学び舎は魔女以外も通っておるからな」


「つまりどういう事ですか?」


「恋をするなという事だ。魔女はな、恋をするとただの人族、人間になってしまうのじゃ。ま、冷めれば戻るがの」


「き、気を付けます」


 つまり、悪魔と契約もしくは宿している身で恋をすると、悪魔とのパスが切れてただの人間になってしまうという事か……ん?という事は魔女は人族?

 でもいまはそれを知ってはいけない気がする……だから僕はそれ以上考えるのをやめた。




 ―――――――――――――――――――――




 関門まで着いた。何故か、お母様は僕をここまで届けると、脱兎の如く去ってしまった。何か問題でもあったのだろうか?


「っ! つ、次の方、身分証の開示をお願いします」


「はい。えっと……あった」


 僕はお母様が言っていた通りに転入を受けるための紙を掲示した。その後、荷物の検査もあったが、特に何も問題なく進んだ。


「はい、問題ありません。入国を許可します。ど、どうぞ、お進み下さい」


 何故か顔を赤くしている騎士様に疑問を抱きながら僕は門を潜る。僕の顔がどうしたのだろうか?

 まだ早い時間なのか、街からは活気を感じられない。ならば、今の内にお母様が以前買った家に向かおう。

 お母様から渡された地図通りに進んでいくと、目的の学校……訂正、学園の近くにあった。見た目は特に派手な所は無く、静かで隠れ家的な感じがしていいと思う。


「さて、試験にはまだ時間がありますし、荷物をまとめてから行きますか」


 お母様から渡された鍵で家に入る。見た目とは違い、中にはきちんと光が入っていて明るい。しかし、所々に埃が溜まっていた。


「先ずは掃除ですね」


 僕は荷物を適当な所に置き、掃除を開始する。二階建てで少し時間がかかったが、問題なく終わった。

 台所には料理器具が無いので持って来たものを置いておいて、元から置いてあったベッドはシーツと布団を洗い、干す。マットレスは陽の当たるところに立て掛けておこう。


「こんな事をしていたらもうそろそろ時間ですね」


 形見である本とタロットカードをバッグに仕舞い、僕はそのバッグを肩に掛け学園に向かった。




 学園の入り口は、在校生が登校してくる時間だった。全員その学園の制服を着ている。

 なんの会話をしているのか最近の話題には疎いので耳をすましてみると、此処も色々と酷かった。


『ねえ、あの侍女服の娘ってどうしたんだろう?』


『さぁ? でも、一つだけ私に分かることがある。貴女と私とあの娘で百合百合したい……』


 とか、男性同士の会話の場合、


『あぁ、あの娘を雇いたい』


『ちょっと、私がいるのに他の娘に目が移るってどういうことよ』


『あ、いや、これはそう言うのじゃなくて……』


『あっそう、今夜構ってくれるなら許すけど?』


 とか、僕自身の貞操が危うい会話や、知りたくも無い関係を知ってしまうようなものまで、色々と聞こえて来た。早く試験会場のところへ向かおう……




 試験会場は大きなホールだった。そこに、一人の女性がいた。その女性は、一見普通の理事長の格好をした綺麗な金色の長髪と白い肌を持った人だった。


「えっと、はじめまして……試験会場はこちらで宜しいでしょうか?」


「ああ、ここで合って……い…る………ライラ! ライラじゃ無いか! 何故そのような姿に? まさかお師匠様が呪いを?」


 この人もライラを知っているのか……そしたら師匠様はお母様の事だろう。


「あうっ、わ、私はライラではありません。ピュルテです。恐らくですが、ライラは私の前の母だと思います」


「そ、そうか……ではライラは今どうしている?」


 ……これは答え難い。もし亡くなった事を話したらどうなるかも分からない。


「分かりません。私が幼い頃まで一緒にいたと思いますが、お母様がライラと言う人とは限りません」


 これなら大丈夫かな?


「そうか、気を取り乱してすまない。私は〈高慢〉だ。名は恥ずかしいので、すまないが伏せさせてもらう」


「分かりました。では何とお呼びしたら宜しいのでしょうか?」


「で、では気軽に『お姉様』と呼んでくれ」


「はい、お姉様」


「グハッ」


 その瞬間、高慢さんが鼻血を噴出させて倒れた。折角の美人顔が台無しだと思う……


“ホッホッホッホ。ウチの理事長が済まないね”


 突然、老人の声がホールに響いた。僕はキョロキョロと辺りを見回すが、声の主はいない。


“探しても無駄じゃ。儂は此処にはおらぬからな……ふむ、どうやらお主の筆記試験は要らぬようじゃ。よく基礎が叩き込まれておる。〈高慢〉よ、最終試験を開始しておくれ”


「はい、分かりました」


 いつのまにか高慢さんの意識が戻っていた。


「ではピュルテ、最終試験を開始する。お前の固有魔法もしくは魔術を見せてくれ」


「はい、では……」


 先ず、僕は自分に足をナイフで刺した。


「おい! 何をしているんだ!」


「ッ! ……13番、逆位置」


 術式通りにカードが飛んできてナイフで刺した傷跡が癒えていく。癒えた事を確認したら次を発動する。


「14番、逆位置」


 対象は少し申し訳無いが、高慢さんにする。


「え? ちょっ、勝手に抵抗レジストできない!?」


 高慢さんがそう叫ぶと、高慢は急に自分の手で自分の首を絞め始めた。


「14番、正位置!」


 僕は急いで魔術を発動する。逆位置の向きにあったカードは180度回転し、高慢さんは落ち着いた。


「えっと、まだ76枚ありますが……」


「いや、もう良い。それにしても面白い魔術ね……まさか魔術抵抗が発動しないなんて……」


 それはそうだ。僕の作った魔術には、そのカードの意味を発動させるものなのだから。だから、実際は魔術や魔法で攻撃していないのである。

 だが言わないでおこう。


「そういう日もありますよ、お姉様」


「うっ、ご、合格……」


 うん、この身体にも慣れてきたし、使い方も覚えた。こう言う時に便利だと思う。

 それにしても、早く帰ってモフモフを堪能したい……


「取り敢えずクラスや授業は明日からで、今日は私と回ってみるかい?」


「いえ、流石に理事長様のお手を煩わせるのは申し訳ないので、私一人で大丈夫です」


 僕は丁寧な断り文句を言い、会場から離れた。背後から鼻血が垂れる音がしながら、「美少女に丁寧に断られた…いい!」と、嬉しそうな声色が聞こえたのは多分……気の所為だろう。と言うより、お願いだからそう言う関係のものは気の所為であって欲しい…………

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