XXⅣ 底辺だった僕は悪事なんて働いていません!

 さて、まずは何から話したものか……

 相手はアリサだ。彼女には前科がある(自分が勝手に嵌められただけ)。だから深読みとかしそうだなぁ……(そんな事はない)。


「……まずを言うとですね、あの男性は――」

「ピュルテちゃん、悪い事は言わないわ。詰所に行きましょう?」

「ゆ、誘拐なんて、しししてませんから!! カシウスさんは倒れていたので看病してあげていただけです!」


 なんで僕が誘拐した程で諭そうしていたの!?


「……こほん。ええっと、カシウスさんは昨日の帰りに――」

「ピュルテ、お母さんは許しません。元の場所に返してきなさい」

「私、さっき看病したって言いましたよね!?」


 え、何、流行ってるの?人を拾うって流行ってるの!?


「は、話が進みそうにありません……」


 今日も受ける講義はあるのにこのままじゃ日が暮れても説明できない気がする。でも、地味に楽しいと思ってしまっているボッチだった僕が居るのが余計に腹ただしい。


「はいはい。で? さっきピュルテちゃんが襲って逆眠○未遂を犯そうとした相手は本当は看病していただけで何にもやましい事はないと。チッ、面白く無いわねぇ……」


「そ、そんなはしたないことするわけないじゃ無いですか! そして面白がらないで下さい!」


 と言うかアリサ、初めて話した時となんか性格違うような気がするんだけど。


「別にこの口調が素じゃ無いわよ。羽を触れなかったのが悔しいだけ……オヨヨ……チラッ」


 アリサはそう言いながらわざとらしい泣き真似をする。なお、一定間隔にチラリとこちらを見るつもりらしい。


「そろそろ学園に向かわないと行けないので泣き真似してもダメです。それに……」


「それに?」


 言えない。あれを使っている間、実は身体が火照っていたり、少しあそこが疼いていたりしていたなんて言えない。


「何でもありません。それとカシウスさんの事は黙って下さいね?」


「ええ〜どうしよっかなぁ〜」


 態とらしくとぼけるアリサ。……手強い。


「……何を……望んでいるのでしょうか?」


 今日も……お仕事頑張ります……











「……あれ? 夢……だったのか?」


 男は自身の上に跨っていた大天使を思い出す。以前は彼女の事を天使と言ってしまったが、今朝の夢で認識を改めざるを得なかった。


「良い匂いしたなぁ……」


 ほんのり香ったクロッカスの香りを思い出す。ただ、一番印象に残っていたのは純白の翼と瞳。それと、頬はほんのりと紅く染まっていた彼女は実に色っぽかったということ。別に彼女の胸囲が大きかった訳ではないが、一番彼女の魅力が強く感じる体型に性欲が働いてしまったらしい。だから男は身体に一部の凝りと熱が残っている感覚があった。


「本当に大天使様かよ……」


 ようやくお粥の存在に気が付いた男は思わず口にする。湯気が上がっている事からまだ作り始めたばかりだろう。


「……香りも良い」


 乾米カンマイをただ水の量を増やしただけで炊いた香りでは無い。木製のスプーンで軽く掻き混ぜると、中はまだ熱が篭っていたらしく、白い湯気と控えめだった香りが強くなった。


「これは……ササミか」


 一掬い口に含み、正体を知る。程よい塩加減で、男の掬う手が止まらなくなる。

 食べているうちに男は米以外に潰されたジャガイモも混ざっていることに気付く。米だけではサラサラとした舌触りにはならない事は知っていた為、少し不思議に思っていたらしいが、気付いた頃にはもう粥はなくなっていた。


「美味かった……ん? 紙切れ?」


 元の位置に粥の容器を戻そうとした時、その場所に小さな羊皮紙を見つける。そこには男が元々所属していた王国の言語、ケテル語で書かれた書き置きだった。


 ― ― ― ― ― ― ―

 おはようございます。

 今朝は起こしに行けなくて

 申し訳ないです。

 お昼はキッチンに

 お粥の残りがあるので、

 それを温めてから

 お召し上がりください。


 追伸(裏側に書かれている)

 あ、あまり性欲は……

 その……溜めない方が良いと

 思い……ます……よ?

 ― ― ― ― ― ― ―


「っ!?」


 男は自身の顔が熱くなっている事を直ぐに悟った。そして自身の局部を見る。


「……恥ずかしくて死ねる」


 ナニが起きているかは彼女は分かっていないのだろう。これはピュルテが原因である為、仕方のなかった事だが、男は弁解する為の言葉を必死に考え始めた。

 だが、男が弁解の言葉を考えても考えても思い浮かぶのは大天使の姿。見た目はピュルテと同じだが、純白の翼を腰から生やした色っぽい紅玉の様な瞳の大天使の姿。自身に跨っていた彼女の姿が頭から離れないのである。


「……待て、紅い…瞳……?」


 自身を介抱してくれた少女の瞳。それは紅玉の様な色の瞳ではなく、黒猫の持つ様な金色の瞳なのだから。そして、紅い瞳は魔族の中でも有名な、吸血鬼や淫魔が持つものである。


「ああ……これは冒涜だ……」


 まだ出会って間も無い華麗な少女に天使の姿を重ねる事はまだ良いだろう。しかし、紅い瞳はダメだった。あれは吸血鬼や淫魔が扱う魔眼であり、天使には決して無いものなのだから。


「だが……続きが見たい……」


 カシウスの記憶にあるのは、彼女が「おはようございます」と声をかけてきてくれた所まで。自分が挨拶を返そうとして目が覚めてしまったと言う何とも言えないタイミング。


「本当に……すまない……」


 布が擦れ合う音を聞きながらベッドからカシウスは出る。ついさっき空になった容器を盆と一緒にキッチンまで運ぶことにした。

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