Ⅶ 底辺だった僕は悪魔様と契約しました
「さて魔女よ。貴女は何故、自分の娘に侍女服を着せている? 似合っているのだが……不思議で仕方がない」
あ、そう言えば今の僕はメイドドレスを普段着にしていたんだっけ。最近はもう気にしなくなったから忘れてた……って、どこに行ったんだ男の
「侍女服ではない。メイドドレスじゃ。これは儂の最近の趣味の様なものだ」
「趣味か。それなら納得だ」
崇高である存在の悪魔様が『趣味』だけで納得したよ…………
「そんな事よりバルバトス。何用でこちらに来た」
「ん? 来れたから来たまでだが、っと」
そう言ってバルバトスと呼ばれる悪魔様は腰を抜かした僕を抱き上げる。どんな感じかと言うと、俗に言うお姫様抱っこだった。僕はそもそも元男だったからされる経験もないし、バルバトス様の顔は誰もが虜になる位の美形なので恥ずかしい。そして、顔が近い。
「えっ、ちょっ、ちょっと、お、おお、下ろしてく、く下さい!」
急な事なので驚いた。心臓の鼓動が速まり、顔辺りが暑く感じる。
「そう言って本当はピュルテが目的じゃろ? 残念じゃが娘は嫁にやらん」
「それは残念だ。とても希少な魂と魔力の持ち主なのだが」
お母様とバルバトス様は僕の声が聞こえていない様だ。いや、聞こえてる。だって、僕を見ながらお母様の表情が和んでいるのだもの!
僕は暴れるのを止めた。元々の筋力はあったが、それは男の中でも低い方だったし、僕を抱き上げているのは悪魔だ。力の差は大き過ぎる。
「おや? もう暴れるのは疲れたのかな?」
「はい……筋力の差は明らかに離れていますから…………」
「……………〈枢要罪〉に似ているな」
「じゃろ? しかも髪色も瞳の色も、目も全く同じじゃ。しかも今回の
へー、ライラって言う魔女も僕に似ているのか……いや、僕がその魔女に似ているのか。そういえば、『アレ』ってなの事だろう?
「『アレ』が七つ? まるでライラではないか。彼女も他の魔女より多かったしな……で、封印が施されていた跡がある様だがもう解いたのかい?」
「ああ、もう済ませておる。じゃが、ピュルテを学び舎に通わせるから隠蔽は使っておいた」
「そうか、それなら『アレ』が目に入らない理由が分かった」
うぅぅ……『アレ』って何のことだろう……結構気になる…………
「あ、あの……さっきから仰っている『アレ』とは何のことでしょうか……?」
普通に訊いてみたのだが、どうやら本心は隠しきれていなかったらしく、お母様は溜息をついた。
「……魔女よ。娘に言っておかなかったのかい?」
「……………ハァ……いやぁ…本当は言わないほうがいいと思っていたのじゃが………流石にピュルテの好奇心には儂は敵わぬ……」
その瞬間、お母様の雰囲気が変わった。
「ピュルテ。実は、お前の身体には〈罪〉が七つ刻まれておったのじゃ。通常の魔女は無かったり、一つだけあるのじゃが……それは罪とはほぼ関係の無いものが描かれておる。しかし、中には一つだけでも危険なものがある。それが〈罪の刻印〉と呼ばれるものじゃ。〈罪の刻印〉が刻まれている魔女は崇拝の対象であったり、討伐の対象であったりと様々あってな………ああ、もう面倒臭い! 兎に角、お前さんは一つでも危険な〈罪の刻印〉が七つあるのじゃ!」
……お母様はやっぱりお母様だった…………急に雰囲気が変わったから驚いたけど安心安心……
「ま、儂のは一つじゃが、それよりはもっと強力なのじゃがな」
「と言うわけだ。さて、そろそろ私の用事も済ませておこう。魔女よ、良いか?」
「ああ、構わぬ。そもそもバルバトス、お前さんが誰かに力を授けるのは珍しいからの」
「ハハハ……今回のは十分条件を満たしているからね。さ、可愛らしい小魔女さん。私と契約を」
「け、契約ですか!? 私なんかで本当によろしいのでしょうか……?」
「私が認めたんだ。魔女にも了承は得ている。さ、左手を」
僕は言われるがままにバルバトス様の首に回していた左手を前に出す。バルバトス様は僕の体をゆっくりと下ろしてくれた。そしてお母様は大きめの羊皮紙を持ってきて、バルバトス様に渡す。バルバトス様はその紙に何か魔法陣を描くと、床に置き、杭で左手を刺した。次に僕の番のようだ。お母様は僕にマチ針を渡してくれたから、僕はそれを使い指先から血を滴らせる。床に置かれた羊皮紙はそれらの血を吸い、徐々に赤くなっていた。
「我は、七十二柱の序列八位。バルバトス」
「わ、私は〈魔女〉ピュルテ」
初めて行うけど、何故か自然とやり方が分かる気がした。
「我は汝の力となり、如何なる時も召喚に応じて参上しよう」
「ならば私は貴方に私の全てを捧げましょう。貴方が望むように私は動きます」
「ならば我は汝に望む。『我の所有物となれ』」
「っ!? そ、それが貴方の望みなら……」
「ではここに、悪魔と魔女の契約を結ぶ」
すると、血の染み付いた羊皮紙は浮き始め、燃えて消えた。その後、灰は僕の左手を包んだが、すぐに消滅した。
「これで契約完了…じゃな。しかしバルバトスよ、幾ら何でもお前さんにピュルテの全ては渡さ―――」
「そ、そんな事より! バルバトス様の左…手………?」
僕は自分の左手にある印よりバルバトス様の左手に目をやった。しかし、さっき杭で開けた穴が見当たらない。
「ハハハ……私の
私は改めてバルバトス様の力を実感した。それと主と呼ばれた時に別の意味の言葉で呼ばれた気がしたけど気の所為………だよね?
「バルバトスよ、歯を食いしばれ。今から一回だけ拳をお前さんの顔に入れてやる」
「おっと、そろそろ夜明けの様だ。私は戻ろう。今夜は実にいいものが見られた」
「それは儂もじゃが……ふんぬっ」
お母様がバルバトス様の顔面にめがけて拳で殴るが、軽く避けられた。
「あ、あの……また会えますか?」
僕はそう言ったが、バルバトス様は笑顔を見せるだけで、僕とお母様の家から出て行ってしまった。
そう言えばなんだが、最後までバルバトス様はお母様の名前や、罪の名も言わなかった。どうも二人の関係はどんな接点があったのかも気になる。けど、好奇心猫を殺すと言うし……でも………知りたい……
「……なっ!? ピュ、ピュ、ピュルテ!? あ、ああ、あんな奴を………ま、まさか!?」
「ち、違いますお母様! そう言う意味では――」
「今から奴を仕留めてくる」
「お、お母様! だから違ますって!」
僕は、今にも悪魔様を殺しに行かんとするお母様の腰辺りにしがみ付き説得を試みる。
「そう言う恋愛感情はではなくて、興味がある事があるから……」
「それは本当……じゃな?」
お母様の力が弱まった。どうやら説得ができたみたいだ。
「私が、敬愛するお母様に嘘を言う必要は無いじゃないですか……」
「〜ッ!?」
正直に言うとこの体勢、地味にキツイ。それに、さっき自分が言った台詞がなんか後から恥ずかしく思えてきた。僕は恥ずかしくてそっぽを向いた。
「…………か、可愛い…すぎじゃ……そ、それにそれは反則………」
お母様はそう言って顔を両手で覆い、小刻みに震えていた。
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