V 底辺だった僕は理事長に呼び出されました

「な、何か悪い事を私はやらかしてしまったのでしょうか……」


 コツコツと廊下に足音が反響する。向かう先は理事長室。今日、僕は高慢姉様に急に呼び出された。


「思い当たる節は有りませんし……最近やったこととすればマユルさんの事でしか……」


 と、ぶつぶつ呟いていたら、理事長室の前に着いた。木造の扉ではあるが、艶出しの良い植物のワックスを使用しているのがよくわかる。

 僕はその扉を三回ノックした。


「ピュルテです。中に入ってもよろしいでしょうか?」


「えっ!? もう来ちゃったの!? ま、待って、今片付けるから!!」


 扉の向こう側から何かが雪崩れた音が聞こえる。その音が止んで、僕が入室できるまで大体二時間はかかった。




「えっと……その……私に話しとは……」


「そ、そんなに身構えなくても良いのよ!? ……コホンッ。今日はね貴女にお願いがあって呼んだの」


「はあ……」


 説教じゃ無い……という事はあの事はバレていない……?

 あ、いや、な、ナニモシテナイヨ!!


「ピュルテちゃんはイェート・ルクスリアと言う人物を知って……る訳ないわよね」


 ええ勿論。興味無いからねっ!

 ……で、誰なんだろう。その、イェート・ルクスリアって言う人は。


「最近、この国に来た有名な魔導士なんだけどね……貴女にその人と接触して欲しいの」


「……はい?」


「それで接触して、あわよくば――」

「姉様! ちょっと待ってください! え、えっと、私がその、なぜ、イェート・ルクスリアと言う人物と接触しなければいけないのでしょうか?」


「ああ、ごめんね。えっとねぇ……どこから話せば良いかしら……」


 一旦話の流れを区切る。僕はその『イェート・ルクスリア』と言う人物を知らない。だから、急に接触しろと言われても困る。


「まず、そのルクスリアさんについて教えて下さい」


「やっぱり知らなかったか〜。仕方ない、でも私も詳しくは知ら無いのよねぇ……」







 まぁ色々と話を聞いた所、おおよそのことは分かった。

 簡単な流れで言うと、魔法職を管理するお偉いさんの一人が、最近現れたイェート・ルクスリアと言う人物の情報を手に入れた。経緯は、管理している職員が書類整理中に見つけたのだとか。

 それで、元々有名だったイェート・ルクスリアの訪れた街で人攫いが毎回発生していた事が発覚。

 初めは偶然だろうと流していたが、どうも攫われた人物は全員女性で、最低一度はイェート・ルクスリアと会話したりしていたらしい。

 と言う事で学園に任せよう。と言うことらしい。


「って、なぜ学園に!?」


「そりゃぁねぇ……私魔女だし?」


「ではこれは高慢姉様の仕事では!?」


「ほら、そこはあれよあれ。実戦経験ってやつ?」


「…………」


「そんな蔑んだ目で見ないでくれない? 興奮しちゃう」


 そうだった。この人はそう言う人だったけ……


「分かった。報酬として長女である私が愛おしい我が末妹にために何か買ってあげよう!」


「っ!? 言いましたね! やりますから約束は守ってくださいね!」


 我ながら現金だと思う。

 ……うん、でも欲しいものがあるから仕方ないよね!


「あ、先に欲しいもの言ってくれる?」

「最高品質の吸血鬼の血が欲しいです!」

「ガフッ――」


 あ、吐血した。でも、仕方ないよね。上限金額指定せずに買ってあげるって言ってくれたんだもん。だから、今の発言の反省はしてい無い。

 因みに起こした後、普通に了承してくれた。涙目だったけどね。










「それでー?」


「おそらく数日は講義が受けられ無いのですよね……だからノートを取っておいてもらえると助かるのですが……」


「ふっふっふ……それは構わ無いわ。でもねぇ……」


「そう言うと思ったので即席ですがさっき作りました。これで手を打ちませんか?」


「なん……だとっ!?」


 用意したのはクッキー……五袋。以前、好きなお菓子はクッキーだって聞いたからね。


「紅茶にも合いますよ」


「し、仕方ないわね。交渉成立よ」


 やったね。おしごと回避できたよ。

 ……本当に……良かった…………


「それではよろしくお願いますね!」


「欲しい……」


 僕はその場を去る。去り際に何か聞いた気がするけれど、気の所為だろう。








 ― ― ―







 イェート・ルクスリアは街を眺める。それは観光の為ではなく、ある目的の為に。しかし、そんな彼の思考の片隅では、今朝ぶつかってしまった聖職者の女性がいる。


「……女達の視線が多いな。だが……こいつらじゃあダメだ。魔力の量が足り無さすぎる。それに……質も悪いようだ」


 イェートは品定めをしているうちに、いつのまにか住宅街に迷い込んでいた。それを知らせたのは、彼の使役する合成魔獣である。


「っと、ありがとう、レディ達。ここは……住宅街か……っ!?」


 思わず背後に飛び下がる。先ほどまでイェートが立っていた地面には小規模に土煙が立ち昇っていたが、やがて収まると、そこには一本の黒い矢が突き刺さっていた。


「おや、避けてしまいましたか……ですが、生きてしまったのなら忠告をしておきましょう。“これ以上奥へは進むなニンゲン。この先は、我が主人あるじの工房であるぞ”」


 殺気を孕んだ何者かの声。だが、わざとなのか、正体をバラすように膨大な魔力を漂わせて入る。


「魔神が何故……!? わ、分かった。だが、これだけは言わせてくれ。俺は道に迷ってここに辿り着いてしまったんだ。お前の主人の工房に侵入するつもりは無い」


「そうでしたか。しかし、早く立ち去りなさい」


 謎の圧迫感がイェートを襲う。その圧迫感に声も出せず、彼は合成魔獣に運ばれながら住宅街から去った。

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