Ⅳ 底辺だった僕はもしかして狙われている……?

 そういえば最近、有名人が此処、イスクゥシェの中央都市部に来たらしい。魔法職らしいが、誰もその人が戦っている姿は見た事はないらしい。それでも彼の美貌で女性からの人気が厚いのだとか。


「おはようございます、ピュルテさん」


「あ、おはようございます、マユルさん。今、朝食の準備をしますね」


「いやはや、今日も本当にお世話になります」


 マユルさんをこの家に泊めてからもう一週間。最近は彼女の食べる量が減ってきたから、あの時の大喰らいは数日間も食べていなかったのだと容易に推測できる。

 因みに彼女は今、この都市にあるとある場所に通っている。そこでは魔物などが常時湧き、どこかに隠された地下へと続く階段があったりと不思議な場所だ。そこに潜って路銀を稼いでいるのだとか。


「あ、不躾な質問で大変恐縮なのですが、ハーファー王国に向かう為の路銀は貯まったのでしょうか……?」


「あともう少しでしょうかねぇ……馬車代よりも私は、馬車旅の間の食料が問題ですし」


 ああ、そっか。今回の行き倒れの原因は、その食料の我慢の所為だったけ。僕からも何か手助けができたらなぁ……


「そうそう、ピュルテさんの手助けは必要ありませんよ。これも神が私に与えて下さった試練なのでしょう」


「そうですか。ならば私はその時のお見送りをさせていただきますね」


「あら、それはそれは……ありがとうございます」


 僕がお見送りをすると言った時、彼女は驚いた表情だった。けれど、それはすぐに笑みに変わった。とても嬉しそうな笑みだ。


「……と、お待たせしました。本日の朝食です」


「待ってました! いやぁ……一番辛いのはピュルテさんの手料理が食べられない事なのですよねぇ……美味しいですし、お腹いっぱいまで食べられますし」


 いや、それは初耳なんだけど。


「ふ、普通の家庭料理ですよ! 何も特別なことはしてませんからね!?」


「えぇ……本当ですかぁ〜? 正直に言いますと、私、聖職者じゃ無かったら今頃ピュルテさんをお嫁さんにしていましたよ? 助けて貰ったその日に襲ってですねぇ……」


 急に背筋に悪寒が走る。えぇと、マユルさんは女性だよね。それなのに僕をお嫁に……?


「あーあ、聖職者辞めたいわぁ……欲望のままに生きたいわぁ……」


 本当に、彼女に啓示が降りて良かったと思うよ……

 あ、何故彼女に啓示が降りた事がわかるのかと言うと、ごく稀に、教会とは関係なく普通の人に神から啓示が降りる時がある。教会に所属している場合は上位の聖職者系の職業に成る人間が多いが、一般人が神の啓示を聞いた場合は少し特殊になるのだ。

 啓示の多くは「何処何処の教会で洗礼を受け、その教会に所属せよ」の様な感じらしいが、聖地巡礼を指示された場合には、高確率で教祖になるのだと。ただ、肝心の教祖に成る道筋は分からないが、何処かの教会で成り上がるか、そのまま宗教を作るとかだろう。

 それで、神の啓示は絶対だ。原理は知らないが、神の啓示を受けて聖職者になった人間は、徳に反することをすると、罰を受けるらしい。だから、マユルさんは自身を律しているのだ。

 ……大喰らいなのは大丈夫なのかな?








 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―





 ……はぁ。今日もピュルテさんは美味しそうですねぇ……性的に。

 一応両方いけるクチなのですが、神の啓示とか言う忌々しいものの所為で欲に忠実に慣れないのが困るのです……満腹欲に関しては見逃してもらえたけれど。


「ご馳走さまでした。今日も頑張れそうです!」


「お粗末さまです。えっと……頑張って下さいね」


「はい!」


 あーもう! 初々しくて可愛い! お持ち帰りしたい!

 けれど私は聖職者。我慢せねば……

 それに、神の啓示が無ければピュルテ慈愛の女神さんには出会えませんでしたし。

 などと色々と考えながらピュルテさんの家を出暫く歩いていたら、私は人にぶつかりました。


「おっと、すみません」


「いえ、大丈夫ですよ」


 私がぶつかってしまったのは、とある男性。少し長い金髪。右目は髪で隠れているが、美形だとは分かる。けれど、何処か異様です。


「あら、おい……素敵な従魔ですね」


 男性の背後に居た、荷物を背負っている四つ脚の獣を見て私は思わず口に出してしまいました。

 ……危うく「美味しそうな従魔ですね」と言いかけましたが。


「ありがとうございます。それよりも貴女にお怪我は――」

「っ!? 大丈夫です。それでは失礼します」


 男性が私に触れようとした時、匂いがしました。

 香ばしい、ハーブを添えながら塩で焼いた肉の香り。

 私はすぐにいつもの場所に向かって走り去りました。


「ああもう、せっかく食べる量が減ってきた所でしたのに……今日はいつもよりも多く狩りましょうか」


 香ばしい、ハーブを添えながら塩で焼いた肉の香り。それは……


「欲に溺れた悪いヒトの香り♪」








 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―






 あ、マユルさんの姿を見て思い出した。彼女が向かった場所に最近、物騒な人物が現れたんだよなぁ……

 見た目は女性の聖職者らしいが、戦闘狂の様な戦い方で魔物を狩っているらしい。そして、殲滅が終わった時は片膝を地に付けて跪き、主要武器の槍を肩に掛けながら祈りを捧げているのだ。

 その姿はとても神々しいらしいのだが、返り血が酷くて悍ましい怪物に見えるのだとか。


「……あれ? マユルさんの姿……」


 女性。いかにも聖職者な衣装。主要武器は槍……


「まさか……ね」

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