Ⅱ 底辺だった僕は魔女の弟子になりました

「そう言えば僕はどうやって家に帰ったんだろう? また森に入れば分かるかな?」


 そう考えた僕は、毎晩、家の隣にある森に行く為に抜け出すようになった。




 その森は僕にとって過ごし易く、心地が良かった。


「今夜は何処で寝ようかな~♪」


 この森に通うようになって数日。僕は森に来る目的を忘れていた。その理由は、あの時以来の黒いモノに会わなくなったからだ。

 そして、深いところまで僕は歩いた。


「あ、あんな所に綺麗な泉が」


 ふと見つけた泉は綺麗だった。その泉は月明かりが差し込み水面に反射し辺りを照らす。水面の揺れと一緒に動く反射光と光虫の明かりが幻想的で魅かれる。

 その光景に見惚れていると、後ろから草を踏んで何かが近づいて来る音がした。その音がする方向に顔を向けると、そこには美しい若い女性、誰もを魅了するような魔女がいた。これは比喩では無い。この森の名前は『魔女の森』と呼ばれている。だから、この森で見かけた人間女性は人では無い。彼女は魔女だ。この街に人達は魔女が異端であると考えられている故、この森に近づく者はあまり居ない。

 その魔女は少年や成人男性、中年男性、高齢の男性の誰もが胸に視線が釘付けになる様な胸元が開いた所謂キワドイ服装だった。でも、何故か僕はその魔女の魅力に強く魅かれはしなかった。


「おや? 何故ここに人の子が? しかし、見覚えのある顔よのう……して、わっぱ。何故この森に入った?」


 藍色の艶やかな髪を持ち、誰もを魅了する様な美しい翡翠色の瞳。整えられた容姿は何故か神々しく、その声は何故か僕に安らぎを与えてくれる。


「ぼ、僕は………あ、そうだ、すっかり忘れてた。僕を僕の部屋に運んでくれた人を探しているんです」


 僕はこの日、思い出した。あの、吐き気を催す出来事を。


「えっと一つ、僕からも質問があるのですが宜しいでしょうか?」


「なんじゃ? 儂に質問かえ?」


「はい。黒くて、鋭くて、脈打つ生き物の事ですが……」


 あの時、僕の左足に刺さったモノの事を説明している途中に魔女は思い出したかのように僕に言った。


「おお、あの時の童か! お前にはやはりあの才が有ったのか……『魔女』の才が」


 魔女は言った。僕には魔女の才能があると。しかし、僕は男だ。魔法使いはともかく、魔女には成れ無い。『魔女』は女性しかいないのだ。


「魔女の……才?」


 それにしても、何故魔女は、僕に魔女の才能があると確信したのだろうか……


「童は黒いのをで見たのじゃな?」


 彼女の言う黒いのとは、僕の左足に刺さったあれだろう。


「は、はい。涙でほんの少しだけ視界がぼやけていましたが」


 僕は肯定する。


「あの黒いのはな、『魔女』にしか見えぬのじゃ。じゃから、童にはそれが見えたという事はお前さんには『魔女』の才があると言える」


 どうやらあの黒いモノは魔女以外には目に見えないらしい。でも……


「ですが、僕は男ですよ?」


 僕は男だ。生物学上でも精神面でも男だ。


「なら女になれば良い。それなら魔女と名乗れるじゃろ」


「た、確かにそうですが………」


 急に女になれって言われてもな……


「………よし決めた! 童よ、儂の弟子になれ!」


 えっと、急にそんなこと言われても……


「えっと、僕はまだ学校に通っているのですが……」


「しかし、お前さんには心配してくれる者がおらぬじゃろ?」


 ゔ、確かにそうだ。誰も、底辺な僕の事は心配してくれない。でも、流石に学校を途中でやめるわけにもいかない。


「た、確かに誰も僕の事は心配してくれません。それが友人でも……しかし、僕は学校だけは卒業したいです。卒業してから弟子になる事は可能でしょうか?」


「………童。お前さんが通う学び舎の名を言え」


 魔女は僕にそう言った。ぼくは素直に答える。


「〈魔導学園エルシト〉です」


「ほう……これはなかなか面白い縁じゃ。ならば今のエルシトの学校長を務めておる小僧に文でも書くとするかの」


 そう言って魔女は空間を切り裂き、その隙間から羊皮紙を取り出した。それに魔法で文章を焼き入れると筒状に丸め蝋印を付けて僕に渡して言った。


「これはエルシトの学長への文だ。勝手に読んだら承知しないぞ? 童」


 殺気が含まれる確認に僕は勢い良く首を縦に振る。そして渡された手紙?を受け取り僕は言う。


「あの、今日はここで寝て宜しいでしょうか?」


 一応相手は魔女だから敬語は使おう………使わないと今でも女にされそうだし…………


ここで……寝る? フフッ…フフフフフッ……アハハハハッアハハハハッ………ハァ面白い…お前さんは儂の弟子に似ておるな……確か名は…………そうじゃ、〈枢要罪〉の魔女ライラじゃ!流石に五百年位前にわしの元から離れてしもうたから忘れかけていたがな……今頃どうしておるのかの?最近恋をして人になったと手紙に綴られておったが」


 ライラ?確か僕お母様の名前も確かライラって言っていた気が………て、魔女が人になる?


「あ、あの、寝る前に一つ訊いても良いですか?」


「何じゃ?」


「その〈枢要罪〉の魔女は黒髪で黄色い瞳ですか?」


 僕のお母様の特徴を簡単に説明するとそうだ。正直あまり一緒に過ごしていなかったから性格とか分からない。ただ、覚えているとすれば外見の特徴だけだ。


「ああ、確かそんな見た目じゃったのう。よく仔猫キトゥンと呼んでたな……それにしてもお前さんも仔猫キトゥンに似おるのお……」


 魔女は泉の樹に腰かけた僕を覗くように体制を前に屈み、ジロジロと観察する。体勢が体勢なので服装で強調されている胸が余計強調されている。


「あの、あまり男性の前でそんな体勢とかは……その……」


「なんじゃ? そう言う割にお前さんは何も感じておらぬじゃろ」


 ゔ、否定できない……確かに僕には何も感じない。寧ろ、何か、こう……羨ましいけど許せないような複雑な靄が僕の心を占領する。


「お前さん、儂の美貌に嫉妬しておるのか? いや、羨望か?」


 魔女は妖艶な笑みを浮かべて言う。あの後に魔女は何か言っていたが、そこで僕の意識は突然襲って来た睡魔によって途絶えた。











 目が覚めると僕は驚いた。身体が女性になっていたのである。

 そして後に知ることになった。これから自分が〈原罪〉の魔女の弟子として生きることになることを。

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